えにし

※榊君×アレックス

『幼少期の俺は、当時も変わらず俺だったと言えるだろう。
それを最も顕著に表すエピソードを紹介するとしよう。
小学校に入りたての俺は、下校途中の公園で麗しい異国の少女が下衆な餓鬼どもにいじめられているのを発見した。
剣をつまらない喧嘩事に用いるのは師に禁じられていたが、正義感の強い俺は見過ごすことができなかった。
辺りに落ちていた木の棒は俺が持てば竹光にも劣らない聖剣と化した。
一振りで餓鬼どもは恐れをなし逃げていった。
異国の少女は俺に名を尋ねぜひ家で礼をしたいと申し出たが、弱い者を助けるのが武士の務め、礼には及ばないと黙って立ち去った。
その一件を天命と受け止め俺は更に腕を磨き現在に至る。
幼いながら自覚に満ちた子供だったように思う。
今と全く変わらないから、思い出話として面白みがないな。

追伸:おぼろげな記憶を辿れば、あの少女はアレックスに似ていないこともなかった気がする』
(※読みやすいように大幅に……や!などの記号、AAを削除しマシタ)

ミニスカートのサンタ服を着たアニメ絵の女の子のポストカード。
隙間なく並んだ文面の最後は汚い字で『聖剣士ミツテルの伝説(レジェンド)第一章・完』と結んであって、普段なら読まずにゴミ箱行きだけれど、懐かしいなんて笑っちゃうのは感傷的になってる証拠でしょうか。

日本でクリスマスイブのリサイタルを終えてすぐに母の祖国に飛びました。
少し遅れたけれど親戚でクリスマスを祝って、年明けまでこっちにいる予定です。
パソコンのメールにこちらのクリスマス料理の写真を載せて送ったら、榊君は『異文化が来た』(一般的な言語に直してマス)とガクブル……えーと、どう直せばいいんでしょう。
すごいすごいとうるさいので、こちらでは特別なものではありませんと返せば、アレックスについて知らないことがたくさんあるな、と珍しくまともなことを言ってきました。

『当たり前じゃないですか。榊君と知り合って2年も経たないんですから、知らないことの方が多いですよ』

『それもそうだ。けど、俺はアレックスのことたくさん知りたいし、俺のことも知ってほしい』

目の前でうじうじさみしがられるとうっとうしいけれど、距離が離れてればなぜか愛しくて、じゃあ榊君の昔のこと教えてください、と書いたんでした。

それで来たのがこの絵はがき。
普段はろくにしゃべらないくせに、文章だときもちわるいほど饒舌なのはオタクという人種の特徴なのでしょうか。よくわかりません。

おや、祖母が早く寝なさいと声をかけてきました。
まだ早いけれど、たまにしか会わないこっちの親戚からすれば僕はいつまで経っても子供なのでしょう。
明かりを消してベッドに潜れば、カーテンの隙間からのぞく空はあっちより広い気がします。
せわしく動き立ち止まらない人々も、遠慮と腹の探り合いの文化も息苦しいけれど、ああなんとなく、早くあっちに帰りたいです。榊君や他の六騎聖のみんなに会いたい。
こんなこと考えたらこっちの親戚に悪いですね。
ぎゅっと目をつむって、浮かび上がる思い出にちょっと笑いました。

榊君、僕もきみと似たような子供の頃の記憶があるんです。
まだ弱かった頃の僕は、外見のせいもあってよく女みたいとかいじめられてました。
学校の子がいない公園に逃げても、知らない子にからかわれて。
そんなある日、木の棒を構えた男の子が僕を助けようとしてくれたんです。
でもその子は棒の先をひとりに掴まれてぶん回されて、囲まれてぼこぼこにされてしまいました。
いじめっ子たちは笑いながらどこかに行って、残された子があまりにもぼろぼろだったので、僕は名前を聞いて家で手当てしてもらいましょうって誘ったんです。
けどその子はこっちがぎょっとするほど慌てて、名乗らずに走り去ってしまいました。

その時僕は思ったんです。
僕は今外見のせいでいじめられているけど、世渡りは下手じゃないからたぶんいつかは普通に暮らせるようになるでしょう。
でも、人と目を合わせられない、勘違いしまくりのあの男の子は、大きくなってもうまく生きていけないに違いありません。
だから僕は強くなってあの子を守ってあげたいと思いました。

記憶を辿れば、あの子は榊君に似ていないこともなかった気がします。

手紙やメールに書いてもいいけど、せっかくだからこの話はきみがいる国に帰ってからします。
こっちではこういう話を、『destiny』と呼ぶんですが、それはちょっと大げさですよね。
きみの家の、きみがかっこ悪いと嫌うコタツ、僕はあれ大好きですので、少し時期が過ぎて甘すぎるミカンでも食べながら、この『縁』の話でもしましょう。
きみがどんな顔をするか、今から楽しみです。