しんじゃえすきなひと

※榊×アレックス

切れた瞼から垂れた血が青白い白眼を濁らせた。瞬きのあと流れた涙は生きている色をしていた。減量のためかさついた肌には生々しい痣が散って、せっかく綺麗なのに台無しだと言うと、だからデスよと低く嗤った。僕はとても恵まれているから、痛い思いをして、辛い思いをして、想像してみる。悲しみに満ちた世界を。パンチで脳が揺れて、視界がぼやけるその時に、漸く見える気がするんデス。飢えや貧困や、社会的にはもっとささいで個人的にはもっと重いやり場のない悲しみとか。今日の決勝の右ストレートでは、榊君の欲望を二次元にしか向けられない業について少し感じられた気がしマシタ。お前になんか絶対わかるかロドリゲス。人の名前を悪口みたいに言わないでくだサイ。お前になんか絶対わかるか。血を吐くまで殴り合ってもこれは所詮スポーツで、それで全国二位まで上りつめて、新聞に名前が載るようなお前なんかにわかるか。誰もほんとは欲しくないような傷を自分からつけて僕にもあると微笑む、その残酷さには一点の曇りもなくて、まるで愚かな王子さま。その涙はきっと甘ったるい砂糖菓子の味がする、庶民が一生口にすることはない。お前はいつか刺されるぞ。でも榊君は身を挺して守ってくれるでショウ。お前なんかに絶対わかるかロドリゲス。俺が愚かな王子さまに焦がれる奴隷だってこと。

どんなにいやらしいことを重ねても、榊君はキスだけはしてくれマセン。曰く、アレックスは天使だから。誰も愛さないか人類すべてを愛するか、どちらかじゃなくてはダメだから、俺なんかとキスしてはいけないんだ。よくわかりマセン。シーツの海で溺れる娼婦の一面とキスだけは許さないという処女の一面を持ち合わせることによって萌えが生まれる。よくわかりマセン。ツンにデレはいらない。うん、全くわかりマセン。天使なんかじゃないし人類とか知らないし、きもちわるいって思ってたってそんなに愛されたら絆されるし、甘い声は恥ずかしいから何かで塞いでいたいし。ねえ榊君、すきデスよ、ちゅ。ってあの、そんな世界が終わったみたいな顔しないでくだサイよ。天使だってきっと恋はしたいはずデスよ。

しんじゃえすきなひと。どうしてお前は禁断の果実を長野の親戚から送ってきたみたいにモリモリ食うの。古今東西のギャルゲーをやり尽くした俺でも全く手に負えない。漫画みたいに背景に花は飛ばないし、フィギュアみたいに脚は開かないし。そんなギリシャ彫刻みたいな身体と薔薇のジャムしか食べませんみたいな顔してるくせに、部屋は汚いし風呂は熱めがすきだし花粉症だしくしゃみは男らしいしパスタはあろうことかナポリタン派だし。ギャップ萌えってレベルじゃないだろ。キャラ崩壊の域だろ。傷なんてつくるな。自分を大事にしろ。何もわからないってすました顔で笑ってろ。キスなんてするな。俺のために笑ったり泣いたり怒ったり、そんなの困る。え? 誰が困るかって? 俺が。俺が困る。じゃあ榊君のために、榊君のために笑ったり泣いたり怒ったりしないようにします。え、あれ? これって完全にはめられたよな? おい笑うな。そんな嬉しそうに笑うな。ワロスって言うのもやめろ。お前は言うな。ああもう、三次元の人間なんてすきにならなきゃよかった。こんなに面倒だなんて。さよなら俺の嫁たち。とりあえず楽園を追放されることは決定なので、アダムとアダムは開き直ってキスをすることにする。

title by クロエ