たべるなら最後まで

※性描写的なものを含むため15歳未満の方は閲覧をお控えください

秋祭りで古市とはぐれたので探しがてら屋台を冷やかしていると、顔に似合わずかわいらしいものをちまちまテーブルに並べた東条を見つけた。

「あんだこれ」
「おお、男鹿じゃねえか。なんかにおいのついたローソクらしい。オレも上から売れって言われただけだからよくわかんねえが」
「いい加減だな」
「どうだお前もヨメにひとつ。女の子はこういうのすきだろ。花っぽいのとかお菓子っぽいのとかいろいろあるぞ」
「……よく眠れるのはあんのか」
「ん? じゃあこれじゃねえか、ラベンダー。オガヨメ、寝れなくて困ってんのか」
「だから嫁じゃねえし……ヒルダじゃねえよ。それ、あるだけくれ」
「まいど。へえ、ていうことは本命は別か? お前さんをそこまで夢中にさせる子ってのはどんなもんかねえ」
「言い方がおっさんくさい」
「やかましい。でも興味あるなあ。どんな子なんだ、教えろよ」

薄むらさき色のローソクに鼻を寄せると、ほのかに薬っぽいにおいがした。

「……一生懸命なやつ」

腕まくらをしておはようのキス、なんかでごまかせないくらい真剣に好きだから、柄じゃなくてもちゃんと大切にしたい。

意識をうしなっている、のは最初の数分だけで、あとはいつの間にか眠っているらしい。
苦しそうにひそめられた眉間をそっとなぞって、ゆるんだのを確かめるとそっとベッドを降りる。
手さぐりでカーテンを引けば月明かりが部屋を青白く照らす。
けだるいからだに最低限の服をまとわりつかせ、息をひそめて部屋を出た。

冷たいタオルを一枚、乾いたのも一枚。
洗面器にはった湯をこぼさないよう慎重にドアを開ければ、古市はやわらかな表情で寝息を立てていた。
いつも不機嫌そうにしているので、ぽっかりとした寝顔は少しおさなく見える。
前髪をかきあげ冷たいタオルでひたいに浮いた汗をぬぐうと、気持ちよさそうに身じろぎをした。
熱をもったほお、噛みしめがちなくちびる。
順々にすべらせ、すこしぬるくなったタオルをちいさな頭を軽く持ち上げて首の後ろに敷いてやった。

湯気がのぼる洗面器に乾いたタオルを入れ、固くしぼる。
手の上で転がして少し冷ましてから、肩から腕にかけてをなだめるようにさすっていく。
オレがつけた赤いあとが散るからだはどちらのなにともしれないものでべたべたで、気持ちわるいだろうから本当はすぐにぬぐってやりたい。
とはいえ、なにしろついさっきまではどこに指を這わせてもふるえていたのだ。
おどろかさないようゆっくりと触れていく。

最後に薄い腹にとんだ熱とそれを吐き出したところを、できるだけ古市もオレもなにも感じないようそっと拭きとった。

タオルを洗面器に戻し、ゆすいでまた絞ると、今度は腰の下にあてた。
投げ出された力ない脚を軽く開いてやり、先ほどまでのなごりで少しほころんだ後ろにしずかに指をさしこむ。
古市が目を閉じたまま少しふるえ、眉を軽く寄せたので、あやすように髪をすきながら、水音を立てるそこをかき混ぜた。
動かせばオレが放ったものが指を伝ってタオルにこぼれ落ちる。
うっすら開いたくちびるからもれる鼻にかかるような声。
指がとらえる熱、頭をよぎる記憶。
どうしても腰がうずくが、奥歯を噛んでこらえた。

ほんとはしめってぐちゃぐちゃのシーツも換えてやりたいが、一度抱きかかえたら起こしてしまったことがあるのでしない。
たんすの奥から前開きのパジャマを引っ張りだして、そっと腕や脚を持ち上げ着せていく。
オレは寝るときはいつもTシャツだから、これはこういうときのこいつ専用だ。
ボタンをひとつひとつとめていけば赤いあとも白い肌も隠れて、いつもの古市になる。

熱っぽいにおいの立ちこめる部屋に、ファブリーズをふる。
薄むらさき色のローソクは、なんだかんだで東条がただでくれた。
いい払う、と言ったのに、せつなげに目を細めて、年上には甘えろ、と頭をくしゃりとされた。
火をつければ、頭がぼうっとするような花のにおいがかすめる。
カーテンを閉めると、火の呼吸するようなゆらめきが壁に映った。

ようやくオレもベッドに潜りこむことができるのだが、布団の上にあぐらをかいて、ぼんやりと火を見つめていた。
よく眠れる、なんておまじないみたいなローソクをたいて、こわれものみたいに古市のからだをきよめて。
まったく柄ではない、とわれながら思う。
東条に名前をふせてささいな打ち明け話をしただけではない。
古市の目をぬすんでは、姫川だの夏目だの、遊び慣れてそうなやつらに好きなやつにやさしくさわるにはどうすればいいか、からかわれながらも教えをこうたりした。
ほんとに柄ではない、とわれながら思う。

でもこれぐらいなんでもない、とも思う。

オレと同じつくりをしている古市が、からだを開く柄でもなさにくらべたら、これぐらいかなしいほどになんでもない。
古市はさなかによく、こんな、とか、やだ、とか言う。
あおる意味もこめられているのだ、といくら肯定的にとらえようとしても、そのことばが語る、古市の抱える根っこのところの違和感、というのはぬぐえない。
こいつはこのちいさな頭にひきさかれるような思いをかかえてなお、オレが好きだからというひとつだけに懸けてふるえるからだを開くのだ。
その覚悟にほんのすこしだけでも報いたい。
愛なんてそんなどうとでもなるあいまいなものじゃなくて。

抱きしめているときは、抑えがきかなくてやさしくなんかできないけれど。
せめて起きたらいつも通りだけどどこか遠い目をするお前に、背中に感じるシーツの冷たさや、からだの調子を崩すことで、いらないみじめな思いをしてほしくない。

感情だけがたよりの恋だけど、真剣だから、きちんと大切にする方法を考える。

なんにも考えてないみたいにやすらかに古市は眠る。
夢は見るのだろうか。
夢というのは起きているときの記憶の整理と聞いたことがあるから、きっと考えたくないことも頭をよぎるのだろう。
お願いだから夢よりふかく眠ってほしいと、ラベンダーのにおいに託して祈る。