ぼくときみときみのたいせつなあの子2

title by クロエ

1(中1・古市)

コンビニで買うものをレジに持っていくときは、その前にカゴの中を確認しなきゃだめだ。
母親にないしょでお菓子を放りこむ子どもよろしく、男鹿が自分の食いたいもんを入れてたりするから。
レジで注文した肉まんも含めてお金を払い雑誌売り場に行けば、先に買い物を済ませた男鹿が立ち読みしてる。
買ったか、におー、と返して隣に並んで、適当なファッション誌を抜き取りオレも読み始める。
巻頭のインタビューを読み終えてレジをふり返って、ようやく気づいた。

もうあいつはいないんだ。

オレたちとつるむまでコンビニで買い食いなんかしたことなくて、いつもはじからはじまで棚を眺めるせいで決めるのにえらく時間がかかったあいつは、もういない。
雑誌を置いて、なるべくなんでもない風に男鹿に行こうぜ、と声をかけた。
眼がすこし揺らいだこと、おうって答える声がかすれたこと、気づかないふりしてやるよ。

ふたりでいれば否応なしにさんにんだったことを思い出した。
それでもふたりでい続けたのは、平気だったからじゃない。
中学一年の春休み、オレと男鹿は今よりもずっとガキで、ふたりでいる以外の過ごし方なんて知らなかった。

「そういやクラス替えだよな、どきどきすんなー」
「別にしねー」
「なんだよつまんねー奴」
「どうせ古市とは同じだろ」
「誰のせいで同じだと思ってんだよ!わかってんだよそれは……どうせまた男鹿が遅刻すんのとかプリント出さねーのとか全部オレが言われんだろ……」

小学校でダチになって以来、オレと男鹿はクラスが別れたことがなかった。
普通仲いい奴ってあえて別にするっていうけど、オレらは例外。オレは生活態度が最悪な男鹿のいろんな意味での保護者扱いなのだ。
中学生がしかも男同士が、いつも一緒みたいに言われてるとかちょっと頭痛い事態なのに、男鹿はというとさっき買ったお菓子を広げてゲームに夢中、そんなの気にしてもいない。

「まあ男鹿と一緒なのはこの際あきらめるとしてだな、かわいい女子がいるかだろ。始業式の前に髪切りにいこっかなー。美容院予約しなきゃ」
「女かよ」
「前髪いつも通り切るか伸ばすか迷ってんだよな。どっちがいいと思う」
「短い方がお前はかわいんじゃねえの」
「……伸ばすわ」
「反抗的な態度はよくないんじゃないかなー古市君」

寝て起きたままの男鹿のぐちゃぐちゃのベッドの上で呟けば、引きずり下ろされて首を締められた。
ギブギブ!と床を叩いた涙でにじむ視界の向こうに、あるものを見つけてふと手を伸ばす。
ベッドの下、ほこりをかぶったそれは、オレのだいすきなオトナの読み物ではなく。

「……男鹿の部屋にもカレンダーとかあんだな」
「む?ああ、正月にお袋にもらった。どっか行ったと思ったら落っこちてやがったか」
「うわ、きったね、お前マジちょっと掃除しろよ」

保険会社のロゴが入ったなんでもない卓上カレンダー。
明日のことなんて考えてなさそうな男鹿のものだけあって、2月の紙が上のままだ。
始業式の日にちを確かめようとほこりを払ってめくると、3月のページに丸で囲まれている日があった。あれ、今日じゃねーの。

「何これ。今日ってなんかあったっけ」

腕の力は抜いたもののオレに覆いかぶさったままの男鹿に、ふり返って尋ねれば、ばつが悪そうに眼をそらされた。

「……なんもねーよ」
「なんもねー日に丸つけねーだろ。え、何。もしかして女の子がらみ?」

その頃オレはまだ自分が女子に口を開くと残念だと言われてることも、男鹿がなにげにモテる罪深きスケコマシ野郎だということも知らなかったので、無邪気にはしゃいだ。
わしゃわしゃと見た目よりやわらかい頭をかき回すと、前髪の間からのぞいた眼はかなしげで、ふてぶてしくつり上がってるはずの眉は情けなく下がっていた。

「な、なんだよ。どーした男鹿」
「……お前、マジで覚えてねーの」
「え、今日だろ?うん……わかんねーけど」

いつになくマジな空気にとまどってると、男鹿はぎゅっと引き結んだくちびるを、意を決したように開いた。

「今日だろ……あいつが、引っ越すの」

あいつ。名前を出すまでもなくわかった。
オレと男鹿はふたりぼっちで、そこに誰かの名前が出るとしたら、あいつしかいなかった。
スナック菓子の棚の前にたたずむちいさな背中。レジで小銭を出すおぼつかない手つき。

「……今日、だっけか」
「……前、言ってただろ。泊まりにこいとかって」

だんだんと記憶がよみがえってきた。
まだ男鹿が霧矢に追っかけられる前の、冬のなごりがあった寒い日。

『引っ越す日、春休みだから。よかったら前の夜、男鹿と古市君、泊まりに来ないか』
『え、マジで?いいの?うるさいとか家のひと怒んない?』

オレと男鹿うるせーから、どっちの家族も客扱いしてくんないよと言えば、あいつは大丈夫、とはにかんだ。

『お母さんが言ってるんだ。最近久也はしっかりしてきたって、前は気が弱かったから心配だったけど、これなら転校しても安心だって。君たちと一緒にいるようになってからだよ。だからきっと、ふたりが遊びに来たら喜ぶと思う』

オレは絶対行くって、引っ越しても電話とか手紙とか連絡するって言って、けどごたごたの中で新しい連絡先を聞くこともなく、今日のことも忘れていた。
あのとき男鹿は、盛り上がるオレたちを横目に、黙ってコロッケかなんか食べてただけだった。
でも家帰って律義にこうやってカレンダーに丸つけたんだ。
お前なんか知らねーってあいつのことつっぱねて、あいつに裏切り者って眼で見られても言い訳ひとつしなかったのに。
さみしくなんなー、って簡単に言ってたオレなんかより、こいつは、きっとずっと。

「……たぶん昼過ぎの電車、って言ってたよな。そんなに早い時間じゃないから、朝ばたばたしないですむ、って」

だからおいでよ、と言うあいつの口調はめずらしくしっかりしていた。
おずおずとオレたちの後ろをついてくるばっかだったあいつが、自分から誘うなんてはじめてで、その緊張が手にとるようにわかったから、オレはなだめるみたいにうなずいたんだった。
思い出せる。
机に置かれた時計を見れば、11時になるかならないかというところだった。

「男鹿、見送りに行こうぜ。このままじゃオレら、だめだと思う」

お前がそんなに大事に思ってた友達、誤解させたままさよならじゃだめだ。
それに、もっとだめなことがある。
お前にとって友達が、そんな傷つけないためにってためらいなく切り捨てられるものなら、

なあ、お前とオレは?