ネバーエンディングウォー

※バブ102の扉絵にたぎって

眠れないことが誇らしかったのは、いつまでだっただろう。
修学旅行の夜、ずっと起きてようって騒いだわりに、みんな何だかんだですぐに眼をこすり始めてしまう。
起きてようって言ったじゃん、と揺さぶると、決まってこう言うんだ。
寝とかないと明日しんどいだろ、って。
そう言うのが大人で、提案を真に受けたオレが子供みたいに。
子供のオレには、わからない。
明日ってそんなにいいもんなのかな。

幾晩も泊まりこんでゲームをして、部屋をお菓子で散らかすこの数日は、小さい頃に憧れたまさにそのものだ。
いつまで続くんだろう。
始まりから今まで事態がうまく飲み込めないこの一件は、何だか物語みたいで現実味がない。

次第に薄れていく当初の目的、勝っても勝っても終わらないゲーム、ぐだぐだと居心地のいい仲間との時間。
SFかなんかで読んだ気がする、こんなくり返すばかりで抜け出せない日々。
確かあれは、登場人物の一人の願望によって閉じ込められていた、なんてオチだったっけ。

もしオレたちもそうだって言われたとこで、驚かないかもしれない。
だって明日を本当に心待ちにしてるような奴が、この中にどれくらいいるだろう。

事情に詳しいらしい古市君はなんか必死だけど、少なくとも三年連中にとっては明日はそんな楽しいもんじゃない。
いつの間にかあと半年を切った高校生活を抜ければ、神崎君や姫ちゃんは背負うものの重みがぐっと増すはずだ。
城ちゃんは神崎君について行きたいって言うと思うけど、断られるだろうな。
オレは……どうなんだろうね。
わかんない、自分のことが一番。
でも今が楽しいのは確かだ。
このメンバーと離れた先に、もっと楽しいことが待ってるとは思えない。

「……ぱい、夏目先輩」

薄く聞こえていたゲームのBGMが切り替わったと思うと、ソファーにもたれかかっていた肩を遠慮がちに叩かれた。
弾かれるようにぱち、と開いた眼の先には、ちょっと驚いたみたいな古市君の顔。

「お、起きてました?」
「んー、頭はねー……、でもからだがだるい……」

ですよねー、と力なく笑う古市君は、くまが真っ黒でひどい顔だ。まあオレも大差ないんだろうけど。

「で、どしたの?」
「すんません交代してもらっていいですか。間隔短くて申し訳ないんですけど、メンツ少なくて」

さすがに女子に徹夜はかわいそうってことで、別室で仮眠をとらせてる。
姫ちゃんはどっか行っちゃったし、古市君と組んでたはずの城ちゃんは軽くいびきかいて寝ちゃってる。
もしかして二人分やってた?と聞けば、古市くんははははと乾いた笑いをもらした。

「そんな偉い古市君にはこれをあげよう」
「いやコレ眠眠打破じゃないすか。まだやれって言うんですか鬼すか」
「あは、冗談。ゆっくり寝な、古市君はあのちっちゃい子の面倒見るのもあるんだし。で? 次はオレと誰?」
「えーっと……」

気まずそうに指さす先には、一人でソファーを占領し爆睡してる我らが大将。
その豪快な眠りっぷりに古市君は起こすのをためらってるみたいだ。まあ暴君イメージだしねー。

「あの……オレあと三十分くらいやりましょうか……?」
「んーん、大丈夫。神崎君、神崎くーん、起きてー」

ぴたぴたとほおを軽く叩けば、神崎君はだるそうにまぶたを持ち上げた。

「……あんだよ」
「交代の時間だって」
「あー……」
「古市君城ちゃん寝ちゃったから二人分やっててくれたんだってよ」
「おー……わりいな……」

くちゃくちゃの眼元をこすり、神崎君はおっくうそうにしながらもからだを起こして、オレの差し出すコントローラーを受け取った。

「後はオレたちやるから、古市君は寝ていいよ」

思いのほか神崎君がさらりと交代してくれたことに、寝不足の古市君はなぜか感動してるみたいだ。
ウンよく考えれば当たり前のことなんだけどね。

「ありがとうございます……! 神崎先輩がこんな快く引き受けてくれるなんて、オレちょっと勘違いしてました……!」
「ふふふ根はいい子なんだよ神崎君は」
「オイ何だか知んねえけど起きぬけから気色わりい話やめてくんね」

しかし毛布を持ってソファーへ寄っていった古市君への反応は、予想を裏切らずいつも通りの神崎君だった。

「えーっと……すんません」
「あ? あんだよオレに床座れっつーのかよ」
「じゃあオレはどこで寝ればいいのかなーなんて……」
「知るかソファー半分空けてやってんだから座って寝っか床だろ」
「あ、ワガママなのは勘違いじゃないからね」
「……」

神崎君ひざまくらしてあげたらいいじゃん、あ? もれなくリフティングすっぞなんてオレたちのやり取りを死んだ眼で見ていた古市君は、やがて諦めたようにソファーに引っかかるような何とも苦しそうな姿勢で寝息を立て始めた。
それ普通に座るか床で寝た方が楽なんじゃないのかなあ。

* * *

「ゴラ何でお前さっきから赤マスばっかなんだよ」
「いだっ知らないよー文句言うなら自分でサイコロ振ってよねー」
「めんどくせーからやだ」

格ゲー、軍モノシミュレーションとジャンルを移したゲーム、今晩は日本全国の駅を巡りながらお金を貯めていくのどかなものだ。
ソファーの神崎君は指示を出すだけで、操作はオレが二人分やっている。
最初はひざの上の乗っかったり脚の間に座ったりしたけど、画面が見えねえと結局床に突き落とされた。ケツ痛いなー。
でも今みたいに失敗すると上から頭はたいたり、逆にうまくいけば髪なでてくれたりするから、悪くないかも。

「ねー、なんか楽しいね」

対戦というよりそれぞれが単独で進めて結果を競うようなゲームだから、相手のターンになったときは暇だ。
コントローラーを置いて神崎君の内ももに頭をもたせかけ、すり寄りながら言葉を投げる。

「あぁ? オレはもううんざりだぞこんなん」
「あはは痛い痛い痛いっ」

甘えるままにしてくれる神崎君ではない。
のっけた頭を両脚で交互に蹴られれば、オレのからだはなすがままに右へ左へ揺れる。
睡眠不足で変なハイになった脳は、そんなしょうもないことでも涙が出るくらいおかしい。

「だってさ、こういうの夢じゃなかった?ちっちゃい頃」
「あー……まあなー……」
「……ずっとこうでもいいのにな」

やっと止めてくれた膝の上にこてんと首を倒す。
ジーンズ越しに伝わる体温が心地よくて眼を伏せれば、さっきまでは気配もなかった眠気がやわらかくせり上がってくるような気がした。

「……ばか言え、困んだろずっとこうだったら」
「そう? オレはそんな困んないけどな。神崎君は何困るの」

好きなものなら全部ここにある、満たされた夢なら覚めなくたっていい。
神崎君だって、正しく流れる時間の先の日常に、そんなに欲しいものあるの。
オイするめ、とねだられても眼を開けるのが面倒で、手探りで適当に渡したらざけんなとはたかれた。
あーヨーグルッチのストローの袋だったか。もういいじゃん別にくちゃくちゃすんなら何だって一緒でしょ。

「普通に困んだろ」
「そうかなー、じゃあ神崎君はこれ終わったら何すんの」
「……まず普通に寝てえよ」
「ウンそれは確かにね。んで?」

明日の話、なんてしなくなってたなあ。
男鹿ちゃんたちが現れるずっと前、のし上がってやるなんて言って、そのための時間だっていっぱいあった頃は、そんな話ばっかだったけど。
目指す価値が揺らいで、それでも何だかんだで楽しくて、そんな日々も終わりが見えてきた最近は、不自然なくらい避けてた。
神崎君のこれからしたいこと、なんて久しぶりに聞く。
盛り上がる話はとうに尽き、寝不足で気持ちのガードが下がってようやく、聞くことができた。

「あと家のメシ食いてえ。カップ麺とか宅配ピザとか飽きた」
「ふーん」

それはオレはそんなに思わないかな。
今はノリでジャンクフードばっかだけど、コンビニ行けばサラダとかも買えるし、キッチンもあるからなんだったら作ったっていい。

「じっとしてゲームばっかしてんのもだりいよな。外の空気吸いたくなんだろ」
「へー、じゃあそのへん走ってくれば……っう、え?」

気のない返事をくり返していたら、ふいに頭をがしっと掴まれて、ソファーの上に引き倒された。
固まってた首がばきっと鳴る。
あは、頭上に神崎君の股間があるんだけど、なんて笑いそうになってると、ちょっとふてくされたような顔が近づいてきた。

「……っ」

ぶつけるみたいに乱暴に重ねられる逆さまのくちびる。
ぶちゅって音の鳴りそうな色気のないキスなのに、距離が縮まったせいで神崎君のにおいが強くなって、背中がざわめいた。
いつまで経っても深くしてくれないのに焦れてこっちから舌を伸ばすと、神崎君は折っていたからだを起こしてしまう。

「……なんで」

そのままの姿勢で腕を引っ張って抗議すれば、神崎君はハンとたいへんこ憎たらしく鼻を鳴らした。

「お前だって困ることあんだろうが。続きしてえなら、ずっとこうでもいいとか言うんじゃねえ」

その態度はちっともかわいくなかったけど、思い出した。
帰り際教室で、ばいばいまた明日ねって笑えば、おうって返してくれたあったかさ。
デートなんて柄じゃないけど、でも遊びに行く約束をして、電話を切ったときの甘酸っぱさ。
お互いそんなこと気にしたことなかったくせに、キスとかエッチとかしたいけどまだ早いかな、なんて中学生みたいに悩んだもどかしさ。

時計の針が進むのは、手に入れることばかりではないけど、それでも明日が楽しみだった、神崎君といれば。
このよくわかんないゲームに古市君は石矢魔の沽券がかかっていると言い、男鹿ちゃんや邦枝はもっとでっかいものと戦ってるらしい。
薄情かもしんないけど、正直そういうのはどうでもいいんだよね。
でも神崎君と二人でいちゃいちゃしたり、手を振って別れたあと一人で明日また会えるのを思ったり、そんなのが叶わないって言うなら、いっちょ本気を出すしかない。

「オレは別にここで続きしてもいいんだけどなー」
「……勘弁しろ」

寝てるはずの古市君が同意するみたいにうなったのは、気のせいだってことにしておこう。
オレの夢なら覚めていいよ、って心の中で唱えたけど、SFみたいにうまくは行かないみたいだから、コントローラーを握り直した。