パーティは終わらない

※未来捏造同窓会(アラサー)
※神夏を含みますが、メインは下川→葵ちゃん

生まれ育って二十年。離れてからは九年経つが、盆と正月はまめに実家に顔を出している。
暮らす街ではなくなってからも恩義を尽くしてきたのだ。オレの街はここであること、誰にも文句は言わせない。でも。

「石矢魔高校聖石矢魔クラス同窓会にご参加の方でしょうか」
「は、はい」

勝手知ったる庭にも、足を踏み入れたことのない場所がある。都会とは呼べない中途半端な街に場違いにそびえ立つ、この高級ホテルがそうだ。
新しくできたわけじゃない、オレがガキの頃からある。でもこんな機会がなきゃ、一生縁がなかっただろう、ちくしょう。

「恐れ入りますがお名前を頂戴してもよろしいですか」
「し、下川です、すんません」

何で謝ってんだろうオレ。
値踏みするような眼の受付の男に頭を下げながら、すぐ調子乗るくせに小心者なんだから、と笑われたことを思い出していた。

「うおーい下川久しぶりじゃーん!」
「うっわびっくりした! 碇か!」

まだ始まっていない会場で所在なくしていたら、いきなり後ろから背中をはたかれた。
ふり返るといたずらっぽく笑うなつかしい顔。碇だけじゃない、MK5の面々が代わる代わる肩に腕を回したりどついたりしてくる。

「専門出てから下川お前全然連絡よこさねーんだもん」
「フフッ、さみしかったかい?」
「「「「「いや別に」」」」」
「空気読めよ相変わらずだな!」
「お前だって相変わらずキモイっつの! 県外出たんだっけ、何してんの」
「あー、営業?」
「キキッ、なんで疑問形よ。つーかオレ達もみんな営業だぜ」
「えっそうなの」
「……高校で土下座し慣れたから、って噂ある」

オレ達の頃の石矢魔生、外回り営業率高いらしい。真顔で言われて思わず納得してしまう。
そんな風に近況を教え合っていると、しだいに人が揃い始めた。隅ではレッドテイルが集まってはしゃいでいる。色とりどりのワンピースが華やかだ。

「お、そろそろ始まんのかな」
「……そうだな」
「オーイ下川さっきから何きょろきょろしてんだよ」
「え? あ、いや緊張するよやっぱり、こんなとこ来ないし」
「だよなー、姫川サマサマだよな」

噂をすれば、とマイクの前に主催が現れたことで、とっさのごまかしは突っ込まれずに済んだ。居住いを正すふりでさりげなく、ポケットに手を入れる。

「あー、今日はそれぞれ忙しいとこ集まってくれたことに感謝する。代わりっちゃなんだが、好きなだけ飲み食いしてってくれ」
「姫川先輩まだその頭してんスかー?」
「おー花澤、相変わらずパーな顔してんな。さすがにリーゼントじゃ社長はできねえのよ、今夜だけ限定復活だ」

さっそく皿いっぱいに料理を乗せた花澤が、復活しなくてもいいのにと至極真っ当な意見を言う。怒鳴り返す姫川は、昔のかっこうをしているせいもあって、三十歳にはとても見えない。
今回の同窓会はオレの上の学年が三十になる節目で開かれた。幹事の姫川がどうせなら馴染みの顔ぶれでってんで、聖石矢魔クラスだったメンバーを集めたのだ。だからオレの学年も花澤の学年も参加している。

「まあお前らも普段は石矢魔の頃のままってわけにはいかねえんだろうけど、今日はそういうしみったれた話はナシだ。建物破壊以外なら何でも許す。思う存分学生時代に戻ってくれ、以上」

乾杯はもっと適任がいるから代わる、と姫川が引っ込めば、入れ換わりで壇に上がった姿にどっと笑いが起こる。なんでオレが、とぼやきながら現れたのは神崎だ。
髪を黒くしピアスもなくてだいぶ落ち着いたが、ぶすくれた表情にガキ大将の名残がのぞく。

「ちっ、めんどくせえな……オラ全員グラス持てグラス。あー、会場壊すのだけはあいつマジでべそかきやがるからナシだが、それ以外思いつく迷惑は全部かけてやろうってことで」

おー! とこんな時だけ一致団結する面々に、ふざけんなと姫川の半ば本気の罵声が飛んだ。
けちくせえな、なんて神崎は笑って自分のグラスを持ち上げる。

「つーわけで乾ぱ……ってあっオイてめえ!」

音頭が直前で放り出され、全員ずっこける。
神崎はグラスの中身がこぼれるのも構わずステージを飛び降り、会場の入り口まで駆け出した。
姫川が苦笑いでとり直した乾杯に合わせながら視線を送れば、ひょろ長い男が神崎に胸倉をつかまれ揺さぶられている。
ごめん許してと眉を下げる表情には覚えがあった。ああ夏目か、肩まであった髪があごのあたりで揃えられてるから一瞬わからなかった。ていうかあいつ若すぎだろ、学生にしか見えなくて、その変わらなさはうらやましいより心配になるような感じだった。

「夏目って高校出てからずっと行方くらましてたんだって」
「へー……」

遠くでも眼を引くふたりを眺めてたら、嶋村が少し背伸びして耳打ちしてきた。姫川が無理やり引っ張ってきたらしい、十年以上ぶりの再会。神崎が怒るわけだ。

「……いなくてこんな騒ぎになるの、さすがだよな」
「なんだよ下川、ブルーかよ」
「いやマジで、だって君ら今日オレ来なくてもあーそうなんだってだけでしょう」
「「「「「まあな」」」」」
「そこは空気読んで否定しよう!?」

神崎に怒鳴られるままの夏目に、城山がつかつかと歩み寄る。助けて城ちゃん、とふざけるも無言で頭をぶん殴られていた。
いつの間にかステージを降りた姫川は、花澤や谷村をからかってにやけている。その横で東条が一心不乱に料理をタッパーに詰め、相沢と陣野に苦笑されていた。
聖石矢魔クラスは三十人近くいて、どうやらほとんど来ているようだが、盛り上がりの中心はやはり華やかな退学組の連中だ。

「……働きアリの法則って感じだよな」
「下川がおかしくなったぞ! 飲ませろ!」

君らね。働くか働かないかならほぼ全員が働かないアリだが、そういうことじゃなくて。
テレビで見たことある、アリのグループは8割が働きアリで、2割がさぼるアリ。そのさぼるアリだけを取り出すと、その中の8割が働き始め、2割はやっぱりさぼる。またそのさぼるアリを取り出せばやっぱり8割が……そのくり返し。
石矢魔にいるうちなら、オレは辛うじてその他大勢じゃなかった、2割にぎりぎり滑り込めた。けどその2割だけが集められた聖石矢魔クラスでは、その他大勢だった。
神崎とか夏目とか……男鹿とか、それでも2割の中でもやっぱり2割になれる奴ってのはいて、そういうことを認めなきゃならないのがオレはちょっと嫌だった。どんどん網目が大きくなるふるいのことを、ふるい落とされる自分のことを。石矢魔のままだったらよかったのに、と思うこともあった。
けど、聖石矢魔になってうれしいこともあった。

「あっ姐さん!」

大森の声に思わずびくりと肩が跳ねる。入口に佇む深いブルーのワンピースの姿は、遠くでも輝いて見えた。

「邦枝なに立ち止まってんだ、とっとと入れよ」
「う、うるさいわねっ」
「って何で姐さん男鹿と来てるんスか!」

続いてふてぶてしい下級生が顔を覗かせる。どういうことだよ、もしかしてそういうことかっと一気に会場がどよめきたった。

「ちっ、違うわよ変な誤解しないで! あたしたちは偶然そこで会っただけで、ねえ男鹿!」
「おー、オレは……」
「皆さん安心して下さい、男鹿はオレと来ました!」

邦枝先輩とは何もありません、とどや顔で主張する古市に、ふざけんな、お前はほんとしょうもねえなとなぜか非難が集中する。
ひと通り古市をけなし終わってみんな満足したのか、葵ちゃんはレッドテイルに、男鹿達は東条や姫川の輪へと混ざっていった。
なめらかな素材のワンピースに浮かび上がるきゃしゃな腰のライン。さらさらの黒髪は結いあげて、覗いた首筋はうっすらと赤らんでいた。
昔のかたくなな感じが取れてやわらかくなった横顔。でも浮ついた誤解が簡単にとけてしまったこと、こっそり残念がるようななつかしい表情が浮かんでいる。
ああ、君はやっぱり。

「邦枝なんか色っぽくなったなー」
「オイオイ葵ちゃんをそんな眼で見る奴はオレが許さないぜ?」
「よく言うよ、下川が一番がっついてたくせに」
「そういうのじゃないって」
「へーへー、話してくれば。せっかくだし」
「いいって、何しゃべっていいかわかんないし」
「グッナイって言えばいいじゃん」

いいじゃんじゃねーよ、会話終わるだろ。いったいどんなキャラを作ろうとしていたのか、高校時代の自分の気持ちは今となっては全くわからない。
恥ずかしさのポイントはそこじゃないけど、せめてグッモーニンとかハローとかにしておけばよかった。おやすみなんて別れのあいさつは、ふたりっきりで言えるタイミングなんて結局来ないままだった。

「邦枝先輩、相変わらず綺麗ですね」

MK5と離れ、テーブルに置いた皿に料理を取り分けているとそんな言葉が耳に入った。
顔を上げれば古市が葵ちゃんに話しかけている。なんか変なこと言ったら殺すぞというような大森達の視線もなんのそのだ。

「そ、そう?」
「ええ、そのワンピースもとてもお似合いです」

葵ちゃんが顔を赤らめながらちらちらと眼を送るのは、褒めてる古市じゃなくてその隣だ。あさっての方向を向いて間抜け面でメシ食ってる男鹿。
ほっとしたようにがっかりしたようにつく深いため息が好きだった。切ない片思いをしているのはこの世に自分だけみたいな。
その眼が自分を映さないこと、悔しかったけど、その間だけは彼女を見つめることが許された。ずっと見ていた。

「ただ丈が長くて太ももが見えないのが残念です。相変わらず細いんですか、それともむっち」

真顔の変態発言は大森の鉄拳制裁で遮られる。
オレががっついてたなんて濡れ衣もはなはだしい。変な眼で見る余裕なんて全然なかった。
聖石矢魔に移ってその他大勢に格下げになっても、うれしいことはあった。葵ちゃんの前の席に座れたこと。
生真面目にシャーペンを走らせる音や、時々手を止めて伸びをする気配なんかにいちいちどきどきして、もともと興味のない授業はますます耳に入らなかった。
いくつもの段階をすっ飛ばして付き合ってとか何度も言って困らせたけど、それで伝わるなんて思っていたわけじゃなかった。前に座るだけで背中がじっとり汗ばむような純情じゃ、眼が合うと焦って普段のきざな台詞なんて飛んで行った。
本当はもっと綺麗だねって言いたかった、ぐきゅうと変な声を上げて倒れ伏した古市みたいに、呆れるほど正直に下心丸出しとまではいかなくとも。

「……っ」

少し遠くから葵ちゃん達を見つめていたら谷村に気づかれた。何か用ですか、とでも言うように首を傾げるから、何もないよと右手を振って、風に当たりに会場から続きの庭に出た。