会心の一撃

※高1→高3のお話です

あいつと出会って運命が変わった。大げさじゃなく本当のことだった。

のちに邦枝はクイーンと呼ばれたが、男鹿が入学するまで石矢魔のキングは間違いなく東条だった。
姿を見せることは少ない、けど誰もが絶対敵うわけないって思うような伝説を轟かせてる王様。
その東条に見劣りしない力を持ちながら、夏目は自分でのし上がっていくことに興味がないようだった。
代わりにオレと城山のところへジョーカーみたいに舞い降りて、ぱっとしない手札を輝かせた。
東邦神姫なんて四強に数えられるようになったのは、組の看板ともうひとつ。
あいつのおかげだってこと、認めないわけにはいかなかった。

ただし、もちろん認めたからって歓迎していたわけじゃない。
強い奴が下についてラッキーだなんて、最初からのんきに思っていたわけじゃないのだ。

*  *  *

同じ階の一年生だけじゃなく二年三年も野次馬に来ていた。
まあこうなるよな、予想通りだなと言い合いながらみな退屈そうに帰っていく。
尻もちついて肩で息をしながら仰ぎ見れば、窓の向こうの空は暮れ始めていた。
青いまま色みだけ冷たく変わっていく、夏特有の夕方だった。

「ククッ……こんなもんかよ、夏目がいなきゃ大したことねえな」

ぼろぼろで廊下にのびているのは、隣のクラスで最近調子づきだしたグループの頭だ。
同じように倒れた取り巻きと切れたまぶたで目くばせをし、床についてゆがんだ唇でそれでも得意げに笑う。
なんで負けたくせに偉そうなのかといえば、思いのほかいい線をいったからだ。
入学してすぐ幅を利かせ始めた神崎の一派はどれだけすごいのかと挑んだら、強い奴ひとり不在のときを狙えばそれほど敵わないわけではなかったから。
実際あと二、三人相手が多かったら危なかったかもしれない。
隣でやはりしばらく立てそうにもない城山が、悔しげに拳を握りしめる気配がした。

「……弱ぇじゃん、神崎」
「なんで夏目はこいつなんかの下ついてんだ?」

オレたちが何も言えずにいるのにいい気になったのか、聞こえる大きさのささやきは続く。
蹴られたわき腹と殴られた頬骨が痛い。あいつならこんなダメージ喰らうまでもなく、一撃で沈められるんだろうに。
オレと城山が苦しくなると仕方なそうに出てくる、涼しい顔を思い出す。
裏切るわけでもオレの言うことを聞かないわけでもない。
今日この放課後あいつがいないのだって、バイトだからと急いで帰っただけだ。
なんでこんな弱いオレなんかの下についてるかって? そんなもん――
血の混ざる唾を吐いて、立ち上がった。

「……好き放題言ってんじゃねえぞ」

――オレにだってわからなくて、なんでだよって半ば逆ギレみたいにずっと考えてる。
向こうのリーダーの頭を思いっきり踏みつけ、汚え鼻っつら床にごりごり押しつけながら続けた。

「いいか覚えとけ、この唇のチェーンあんだろ」

足はそのままで隣に転がる適当な奴の胸ぐらをつかむ。顔を寄せてすごみを利かせる。

「なあお前、これ引っ張られたらどうなると思う」
「わ、わかりません」
「あぁ? 簡単だろ、やってやるよこんな感じだ」
「いっ、いいい痛い! 痛いです!!」

血のにじむ唇を指先でひねり潰してやれば、情けない声を上げた。

「だよな、痛えよな。痛すぎて腹立つだろ」

誰もが欲しがるような名馬をたまたま手に入れた平凡な将、今のオレはそんなところだ。身の丈に合わないスピードで戦場を駆け抜けていく。
自分の力では行けないところまで行けるのはきっと運がよくて、でも自分の力じゃないから手応えがなくて。

「腹立ってオレ強さ三倍になんだよ、わかったか」

涙目でがくがく頷く。投げ捨てるみたいに解放すれば、口元を押さえて床の上をのたうち回った。
次、と呟いて狙いを定めたのは、腰を抜かしながらも逃げだそうとしてた奴だ。髪をつかんで引きずり、廊下の壁に追いこんでやる。

「おいお前、オレのピアス何個あっか数えてみろ」
「よ、四個です」

実力の差はどうあれ、上に立っている限りは大将だった。
弱くたって乗りこなせてないと周りが笑ったって、じっとそばで待ってくれた。
見てて面白いから、飽きないから神崎君についてるんだよ、とあいつは言う。

「そうだな、一個二個三個四個。これ一個取るたびにな、すげえ跳べるようになっから。四個だぞ、覚えとけよ」

けどだからこそ戦いから降りようとしたり、お前の方が強いくせにとか卑屈になって上下関係を見誤ったりしてはいけなかった。
弱音を吐いたら最後、あいつはそんなオレをあっさり見限って去っていってしまうだろうと思った。
偉そうな顔で上しか前しか見てないふりで強がってその実、あいつにふり落とされて笑い物になる日をずっと恐れていた。

「弱ぇだ? 大したことねぇだ? ぬかせ、本当のオレはこんなもんじゃねーんだよ」

念押しでもうぐったりしているリーダーの頭をもう一回蹴りとばし、あっけに取られている城山に手を貸して引っ張り起こす。
これだけしておけば当分こいつらになめられることはないだろう。でもしっかり恨みを買っちまったから、いつかまた挑まれる覚悟はしておかなきゃならない。

「……神崎さん」

鉄の味のする口をとっととゆすぎたい。もう誰も残っていない教室から鞄を取って戻ると、城山は起こした場所にそのまま立ち尽くしていた。

「あんだよ」
「チェーンを引っ張ると強さ三倍、ですね。覚えました。ちなみにピアスはひとつ外すごとに、どれくらい跳べるようになるんですか」

後ろ手で肩に載せた鞄が思わずずる、と外れる。あんなハッタリ信じこんだのはたぶんこいつ一人だけだ。

「一個外すごとに……あー……に、二センチ」
「……二センチ、ですか」

しょっぼ! 口をついたと同時に頭の中でつっこんでいた。思いつきで二十センチって言いかけて、いくらなんでも多すぎるとすんでで訂正をかけたのが裏目に出た。
しかし城山はすごく大事なことを聞いたとでもいうようにくり返し、こう続けた。

「神崎さんはたくさんつけてますから、ひとつぶんは少しでも相当なものですね」

こいつが寄せるまっすぐすぎるほどの信頼に、夏目の強さとは違うところできっとずっと助けられてる。
なのにどうして時々、うっとうしいと思ってしまうんだろう。
フンと鼻を鳴らして背中を向け、そのままふり返らずに昇降口へと足を速めた。