名前を呼んでくれないか

※聖石矢魔文化祭終了後、両思い設定
※ドラクエについてはぼんやりとした知識で描写しています。作中で男鹿がやってるゲームはガラケーのアプリなんだ……時の流れの速さ怖い。

そういえば、男鹿がずっと携帯いじってるのって珍しい。

いつもの放課後、いつものオレの部屋。その発見は読み返してた雑誌より興味を引いた。
ベッドに寝そべってたオレは、背中をもたせかけて床に座ってる男鹿に這い寄り、後ろから画面を覗き込む。
そこに映っていたのは……懐かしいドット絵の世界だった。

「……お前携帯でまでドラクエやってんの」

男鹿はうなずくだけで、返事どころかこっちに視線を向けようともしない。
ふたりでそれぞれなんかしてる途中、暇になって邪魔してくるのはいつもならこいつの方だ。
そのたびガキかよって笑ってたけど、なるほど確かにないがしろにされるのは面白くない。

「なー画面小さいとやりづらくねえの」
「意外と慣れる」
「それって前のだろ、リメイクのやつ昔やったよなー」
「んー」

話しかけながら、男鹿の跳ね放題の髪やでかいけど薄い耳をいじってやる。
生返事の男鹿は明らかにうざそうだけど知るか。
オレなんて先月買ったあの雑誌、何回読み返したか知れなくてもう飽き飽きなのに、お前はそんな熱中してるとかムカつくんだよ。

「男鹿勇者名前なんてしてんの」
「……たつみ」
「あは、魔王たつみの間違いじゃねーのー」
「……ったく、お前なんだよ」

息がかかるような耳元で笑えば、男鹿は観念したようにベッドの上へぽいと携帯を投げた。
ようやく向けてくれた顔は相変わらず凶悪で、でも仕方ねえなあってふたりのときにしか見せない甘さがにじむ。

「……構ってほしいとか珍しいじゃねーか」

オレの方へとからだをひねり、後ろあたまに腕を回す。そのままキスに持ち込もうと引き寄せてきてーー

「見して見してーオレもやろっかなーどこでダウンロードすんのコレ」
「っ、てオイこの野郎!」

けどオレはそれをすり抜け、放り出された男鹿の携帯でゲームを始めた。

「だってんな熱中してたらオレもやりたくなるじゃん」
「古市くん歯を食い縛りたまえ恥将のくせにオレに恥をかかすとかふざけんな」
「男鹿にだけは恥将って言われたくねーよ……ってなんで遊び人の名前『ふるいち』なんだよ! オレ出すならせめて賢者とか僧侶とかにしろよ!」
「だってぴったりだろ遊び人。恥将だし」
「恥将って言うな!」

くっそ名前変える機能とかないのかよ……とメニューをいじっていてふと気づいた。勇者が男鹿で仲間にオレがいるなら、他にも知り合いの名前が使われててもおかしくない。おもしろがって別の仲間の名前も確かめた。

「……ってなんだよ『ああああ』って! もうひとりも『いいいい』とか!」
「いや一応ちょっとは考えたぞ。でも『べるぼう』は入んねえだろ濁点含めて四文字じゃ」
「『ひるだ』なら入るじゃん」
「あいつ女じゃん一応。全部男だしオレのパーティ」
「うわマジだむさっ! 男ばっかの上名前『うううう』とか超むさっ! 女の子入れろよ!」
「えーケンカに女いらねーよ」
「ダメ! 酒場行くぞ! こんな男ばっかん中で『ふるいち』が遊び人やってんのバカみたいだろ!」

ぶうたれる男鹿を無視して勝手に携帯をいじり、仲間を探す酒場へとたどり着く。
しかしすげえな、普通にテレビゲームでやんのと同じ中身じゃん。オレもやろうっと、そんでパーティ女の子ばっかにすんだ。

「あ、古市オレ戦士欲しい」
「ああ? ダメ戦士男しかいねえもん」
「オレのゲームだぞ」
「……まあいいか、でもちゃんとした名前にしろよ」

酒場にいた男戦士を仲間にし、名前の入力画面に移る。携帯を返せば男鹿は首をひねった。

「めんどくせえな……戦士だろ、戦士……『とうじょう』はダメじゃねえか」
「戦士っぽいけど無理だな」
「『かんざき』、もダメで、『くにえだ』は女だし無理だし、『リーゼント』……『フランスパン』……なんだよ東邦神姫みんな無理じゃねーか」
「ウンひとり大丈夫だよねほんとはいけるよね」
「んだよめんどくせえ……みじけー名前の奴……あっ」

男鹿はひらめいたというように声をもらすと、親指を動かし始めた。
男鹿の小さい脳みその中にも夏目や城山あたりの名前が入ってたんだろうか、とちょっと感心しながら覗き込むと、そこにあったのは。

『みき』

中学からずっとオレたちの間で禁句で、本人を目の前にしても知らねーと突っぱねてきた名前が、当たり前みたいにそこにあった。
たつみとふるいちとみきのパーティは、まるで雪の降る中かなしみも知らずにバカ話をして歩いたあの三人組みたいだった。
男鹿が勇者で三木が戦士で、ウン、オレが遊び人なのは激しく気にくわないけど。

「……『ひさや』じゃねえの」
「誰が呼ぶかよマジきめぇ」