外は雨だから

※性描写を含むため(肝心なとこはフワフワ~っとぼかしてますが)十五歳未満の方は閲覧をお控えください
※未来捏造『恋はミルフィーユ!』の番外編ですが、単品でも読めます

雨が降ると安心した頃があった。
あいつに会いに行かない理由ができるからだ。

家にいたってすることなんかない。
忙しく働く組の奴らを手伝いたいと思ったって、いつだってオレはまだ高校生だからとやんわり断られた。
ヤクザの跡取りだってことを騒ぐのは学校の奴ら、つまり外側で、内側の奴らは卒業するまで一切組のことをさせてくれなかった。
組の名前出して石矢魔ででかい顔できたのもそのせいだ。本当に認めていたら、んなみっともない真似許されない。
ふり返れば親父とかはいきがるオレに苦笑いしてたんだろうな、と恥ずかしくなる。

することのないオレは、放課後も休みもしょっちゅう夏目の家に行った。
ただの食えない舎弟だと思っていた頃から。関係の名前が変わってからはなおさら通いつめた。
あいつの両親は留守がちだったし、あいつはオレが来てもあまり気にしないので楽だった。
ひとりでいるのが嫌なだけで、ふたりで何かしたいわけでもなかったから。
ほっとかれるのは構わないし、あいつの気まぐれなちょっかいに仕方ねえなあってふりをすれば、押しかけてる罪悪感もなんとなくごまかされる。
オレはあいつと過ごす時間が好きだった。

でもいつしか、窓の外の雨を見るとほっとする自分がいた。
雨だから、今日はあいつの家に行けない。
理由になんかなってないってわかってる。傘の骨が折れるような嵐の中、それでもあいつんちに行って爆笑されたこともあったのだ。
でもきっとあいつも同じこと考えてる。雨だからオレは来ないって、ほっとしてる。
ゆるやかに移ろった関係だからこそ、決定的な一歩を踏み出すのが怖かった。

好きだと思い告げるのには、あまり抵抗がなかった。
夏目は些末なさみしさをすべて包みこむかわりに、本当の根っこの、オレの一番大事な戦いにおいては容赦なく突き放した。
それが嬉しくて返したくて、いや、ただ与えたくて、あいつの深いとこにふれたいと思った。
それに名前が要るなら、道から逸れようがどうだってよかった。

「……ありがとうなんて柄じゃねえから、好きだって言わせろ」
「あは、それ結局どっちも言ってるじゃん」

夏目の笑顔は一色じゃなくて、いつも何かふたつの感情が混ざっていた。いとしさとさみしさ、とか、面白いとかわいそう、とか。
そのとき、うれしさと照れの混ざった笑顔がとてもきれいに見えたから。
うるせえ、って抱きこんで、唇をふさいだ。
心と心、唇と唇、同じところでふれ合うのは、簡単だった。

でも、その先となるとそうもいかない。
どっちかが相当な覚悟を決めなきゃなんねえ。あり得ないことをするのはどっちもだ、なんては割りきれない。
オレはあいつを抱きたかった。
逆が怖いからじゃなくて、どんなにしょうもないとこを知られてたって、あいつの前ではかっこつけていたいから。
そんであいつの自分でもわけわかんなくなってるいらん思いこみを全部ほどいて、今度こそきちんとありがとうって伝えたいから。
……んなの勝手なのかもな。
あいつがオレを抱きたいって思ってんなら正直複雑だが、抱いてほしいって思ってるとも考えらんねえ。

キスを深くした続き、手を伸ばせば、言葉にせずとも主導権はどっちか、互いの腹探りあってる。
気まずくてからだを離す、あの寒さはしんどい。
会えばどうしても求めてしまう。雨が降っていてよかった。

実際ことに至ってないとはいえ、想像しないわけではなかった。
想像っつっても、知識を仕入れたところで未知の領域すぎて現実味はない。
イメージん中の夏目とのそれは呆れるくらいキラキラふわふわしていて、中学生以下の妄想はなぜか、甘酸っぱすぎて逆に悶々としてしまうのだった。

その日、レンタルビデオ屋でそういうコーナーに行ったのは、ヤケクソと悪あがき半々でした……でしたっつーか、アレだろ、別におかしかないだろ、男だし。
夢見がちな妄想を振り払おうと、いつもよりまあハードなのを手に取った。えげつないの、あんま趣味じゃねえんだけど、ウン、健全な男子としてはこれくらいいっとくべきだな。
棚で仕切られた一角を出て、目が合った相手は、いろんな意味で今一番会いたくない奴だった。

「お、おう、夏目、奇遇じゃねえか……」

DVDをさりげなく背中に隠しても、あのコーナーから出てきた時点で言い逃れは不可能だった。
夏目はほおをむずむずさせてから、こらえきれず噴き出す。

「あっはは、気づかないふりしてあげたのに……っ! 何でバカ正直に声かけるかなあっ」

ハイすんません。なんつーかもう、これ絡みだとすんませんしか出てこねえ。
何借りたのーと高らかに笑う夏目を、とりあえず人の少ない棚の影に引っ張りこむ。

「お前うるせえ」
「ごめんって。あ、神崎君ホラ早く借りてきなよ。唯一の男の店員今ならあいてるよ」
「なんかもう百円やっからちょっと黙れ……」

うなだれるオレの手から夏目はひょいとDVDを奪い、タイトルを見てまた笑った。
勘弁してくれ。いくらだ。思わず姫川になる。いくら出せばオレをそっとしといてくれる。
しばらくして静かになったので恐る恐るうかがえば、DVDに目を落としていた夏目はオレの視線に気づくと、手近な棚から一本抜き出してにっこり笑った。

「ねえ神崎君、もうさすがにこういうの見る気失せちゃったでしょ。今日は大人しく、オレんちで健全にこっち観ようよ」

オレとお前でその明らかにお涙頂戴モノの犬の映画を観ようってか。
言葉が出ないでいると、だってこっちのお姉さんも首輪してるよ、とかぬかすのでさすがに殴った。

正しい犬の映画は意外と面白かった。
人間じゃうさんくさくなるほどの犬の健気さに思わず目頭を抑えると、神崎くんってほんと期待裏切らないよね、と呆れられた。
映画がいよいよ佳境という頃、急に地面を叩くような派手な雨音が響いた。バイトのエプロン干してる、と夏目は慌ててベランダに駆けていく。
見逃せない場面なので一時停止のボタンを押した。飼い主のためにひた走る犬にはちょっとお待ちいただく。

「もう急に降るんだもん、びっくりしたー」
「最近雨多いよな」
「……出かけんの、おっくうになるよね」
「……だな」

お互い言い訳がましい、わざとらしいだろって苦笑した。
怖がって踏み込めず避けてきたが、もう逃れられない。
だって、雨が嫌で会いに来れねえなら、帰ることだってできねえだろ。
どちらからともなく引き寄せられるように唇を重ねたオレたちを、動けない犬が真っ黒な瞳で見ていた。

ベッドの上に座って口づけを深めていけば、夏目はそっと手を後ろについてわずかにからだを倒した。
そのまま押し倒せる体制に、思わず目で問う。ほんとにいいのか。
夏目は困ったように眉を下げて、いいよ、と呟いた。
その底知れない覚悟に応えたい。今はオレがくだんねえわがまま言ったときみたいに、仕方ないなって顔だけど。
違和感とかプライドとか、せめて最中だけは考えらんねえくらい、大事に大事にさわりたい。
唾を飲みこんで、覆い被さる。
でも絶対こいつの方が経験値上だよな、なんてふと思ってしまったが、知るか。勢いとハッタリだけは、あんま自慢になんねえが十八番のオレだ。

それだけで満たされてしまいそうなキスを名残惜しくも離して、ひたい、耳たぶ、ほお、首筋、確かめるみたいに唇を落としていく。
あわせて髪をすくと夏目はむずがゆいような、何だか不満そうな顔をしていた。

「……あんだよ」
「……ロマンないこと言っていい」
「程度による」
「なんかもの……っすごく今神崎君をぶん殴りたいんだけどこれって愛かな」
「くっ、愛じゃねえの」

物騒な台詞だが、ちっとも怖くない。だって手を添えればほおが熱い。
お前、つまり照れてんだろ。口に出せばマジで殴られそうだから言わねえけど。
さわるってすげえな、全部わかる。
まだ不服そうな夏目を無視して、Tシャツの裾をたくしあげ胸に顔を寄せた。

「か、神崎君」
「何。殴んのはナシだぞ」
「……余計なことは、しなくていいよ」

顔を上げれば、夏目はさっきの茶化すような色は消えて、何か諦めたような目でほほ笑んでいた。
思わず手が止まる。余計なことは、って、じゃあ何が余計じゃねえんだ。

「ゴムとかそういうのは、あるし。ローションも確か……」

引き出しに、と立ち上がりかけたからだを肩をつかんで押さえつけた。
再びベッドに沈んだ夏目は、え、と目をしばたかせる。

「……いいからもう全部、オレにさせろ」

鎖骨に噛みつく。我に返って宙を泳ぐ手に指をからめて、すり合わせてくすぐった。
このバカ。オレがこの期に及んで乳がねえだの穴が足りねえだのショック受けるとでも思ってんのかよ。
どっかの誰かがこんなの全部余計だとほざいたところで、それでも余計なことなんてひとつもないんだってとち狂えるから好きなんだろうが。
その臆病は正直いじらしいと腹立たしいの間らへんなので、とりあえずオレ的には前フリとみなす。
してやるよ、思いつくこと全部。

さらさら枕に散らばる髪、もしお前の好きなとこを誰かに教えなきゃなんねえとしたらたぶん最初に挙げる髪を、うやうやしくすくってキスをする。おろかしくも輝かしい愛の行為のはじまり。
夏目は口に手の甲を押し当てて、きゅうっと目をつむった。

「おいこら、脚閉じろ」

からだを離し、後片付けを済ませても、夏目は果てた体勢のまま薄く目を開けてぼーっとしていた。
恥じらえとまでは言わねえが、もうちょっとなんつーかアレだろ。

「はっ……ごめん今オレの身に起きたことを整理するのに精いっぱいだった……」
「……感想がそれかよ」

まあな。いろんな意味で衝撃的ではあるよな。しかしこいつはマジどうにかなんねえのか。
とりあえず脚と口を閉じていただきたいので、力の抜けたからだを横向きに転がして抱きこんだ。
ぐちゃぐちゃになった髪をつまんで直してやってると、口元に拳を向けられる。

「ハイ神崎君感想をどうぞ」
「……何の真似だ」
「んー、ヒーローインタビュー?」

勝負どころであんだけ手こずってヒーローも何もねえだろ……と遠い目をしたくなるが、まあ体育座りで反省会は家帰ったあとだ。
そうだな、感想か。

「……思ってたのと違った」

一瞬夏目の瞳が揺らいだが、すぐにそういう意味じゃねえ、と頭を押さえつけてキスをする。
ぶちゅう、と効果音がつきそうな色気のないキス。夏目は笑いながら嫌がった。

思ってたのと違った。
想像ん中のキラキラしたそれより、もっとキラキラしてた。
あふれるくらいいつくしめば、夏目は戸惑って泣きそうになった。
ぎこちなく受け入れられれば、オレも安心して泣きそうになった。
こんなにお互いが必要だったなんて、思ってなかった。

ここまで好きだなんて、思ってなかった。