宇宙ならここにある

※神崎くんが保育士で夏目が幼稚園児のパロディ

しろがねえ、と呟いてたつみが真っ黒な目でじっと見上げてきた。
そういやこいつ、この前おともだちの似顔絵を描きましょうってときに、たかゆきの髪塗るのに白のクレヨン使いきったんだっけ。

「白なんかいんのかよ」
「ばかだなかんざき、しろがなきゃサンタのじじいのひげもぼうしのしろいとこもぬれねえだろうが」

かんざき先生って言え、とがしゃがしゃ固い髪をかき回して、教室に備え付けのクレヨンから白を放ってやった。
紙が白いんだから輪郭だけ描いて別に塗らなくたっていいのに、少しでも塗りのこしがあれば思いが届かないとでもいうように、ちいさな手はにぎりしめたクレヨンを一生懸命こすりつける。

いつもは勝手ばっかのうちの組の奴らも夢中になるに決まってる。
机に散らばるクレヨンはもみの木の緑、サンタの赤、星の黄色。
クリスマスに向けて、サンタクロースに送る手紙を書いているのだ。

今年一年自分ががんばったいいこと、プレゼントのリクエスト、そして思い思いの絵。
書き終ったらオレがサンタに送るって言って集めるんだが、結局は親に渡る。でもそんなことはこいつらは知らない。
どっかの国の親切なじいさんが一通一通目え通すって思ってるのだ。

「お、ひでとらはネコレンジャーのロボットが欲しいのか」
「おう、ことしはすげえてつだいがんばったし、ケンカもあんましなかったから、とうちゃんがサンタさんくるぞっていってたんだ。かおる、こんどうちにきたらみせてやるぜ」
「……よかったな、とら」

隣でむしのずかんがほしい、と書いていたかおるがわずかにほほ笑む。
おれのアクマZとたたかわせようぜ、とたつみがはしゃいだ。
どっちが勝ってもケンカすんなよ、となだめていると、隅に座っていたしんたろうが席を立った。
どうした、と声をかけたが返事もなく教室を出ていく。
いつもにこにこしてる奴なのに妙に横顔が浮かなかった。
お前らうるさくすんなよ、と他の奴らに言い残して後を追った。

「どーした、しんたろう」

しんたろうは教室を出てすぐの廊下に立ちつくして、窓の外を眺めていた。
昨日降った雪がまだ残っている。
少ない雪で無理やり作った雪だるまは土で汚れていて、でも誇らしげに笑っていた。
やわらかい長めの髪に指を通せば、いつもはなーにーと猫みたいに笑うのに、かたくなに顔を向けようとしない。

「……おれ、しってるんだからね」
「何だよ、なんか機嫌わりーぞ、どーした」
「サンタクロースなんていないんでしょ」

あー来たか、と内心ため息をついた。
クリスマスを迎えるにあたって、園長から前もって話はあった。
きっとサンタはいないって言う奴はひとりぐらい出てくるだろうが、他に信じてる奴もいるから夢を壊さねえようにソフトに……まあごまかせってことだ。

「おれしってるんだよ、プレゼントくれるのはとうさんやかあさんだって」
「あー、あのな、いい子ってたくさんいるだろ、サンタも一件一件配んの大変なんだよ。だからサンタはお前の父ちゃんや母ちゃんに」
「サンタのくにからプレゼントおくって、これこどものまくらもとにおいといてくださいっていってる、なんていわないでよ」
「……悪かった」
「しってるんだ、サンタなんかいないし、うさぎのミミがいなくなったのなかにわよりひろくてきもちいいとこにひっこしたからじゃないし、せんせいはすききらいすんなっていうけどきゅうしょくのピーマンこっそりよけてんのも、おれしってるんだからね」

しゃがみこんで目線を合わせれば、しんたろうはくちびるをとがらせてそっぽを向いた。
ひそめた眉の下の目もとがすこしうるんでる。
悲しかったし、悔しかったんだろうな。
ほんとのこと知ってたら、得意げに周りバカにしたっておかしくないのに、ずっと黙ってた。
他の奴らがサンタに無邪気にはしゃぐのも、うさぎがいなくなったのはさみしいけど、ここよりいいとこなら仕方ないとなぐさめあうのも、そんな目で見てたんだな。

「そうなんでしょ、せんせい」
「……そうだ。悲しいか?」

すこし迷ったあと、しんたろうはこくりとうなずいた。
ごまかした方がいいって、ものの本には書いてるかもしれない。
でも、俺はそうは思えねえんだ。
だっていつか嫌でも知ることだろ?
こいつだっていつか、子どもの枕元にプレゼントを置くだろう。いつか大切なひとが逝くのに居合わせるだろう。だったら。

「お前は、他の奴らよりちょっとお兄さんだから、教えてやるけど。びっくりするけど、悲しいことばっかりじゃねえんだ。魔法みたいなのが、とけんのは」

ちいさな手をきゅっと握ってやる。細い首がつばをのんでこくりと動いた。

「ひでとらがあんま、おもちゃ買ってもらえないのはしんたろうも知ってるよな?」
「……うん、なんとなく。おかねが、あんまないって」
「なのにあいつが一年いい子にしたから、ひでとらの父ちゃんはがんばってネコレンジャーのロボット、買ってやろうって思ったんだよ。よく考えてみろ、それって、どっかの知らねえじいさんがホイホイ適当にプレゼント配るより、ずっとすげえことだって思わねえか?」
「……うん」

カードの交換ではしゃぐ奴らの横で、ひでとらにかくれんぼ誘ってたの知ってる。お前はやさしい奴だからわかるだろ。

「ミミも、な。うさぎって人間みてえに長く生きれねえんだ。なのにあんな狭え中庭で、ちょっとしか生きれねえのにオレたちと遊んでくれたろ? いい奴じゃねえか」
「……うん、あそんでくれた」
「空飛ぶソリとか、すげえ広い庭とか、ほんとはないもん、いっぱいある。ほんとのこと知ったら、こんなくだんねえもんかよって思うかもしんねえ。でもな、お前がここで考えれば、そんな嘘よりもっとすごいもん、いくらでも見つかんだよ」

しんたろうのたよりない胸をとんと叩く。
ちいさいからだ、でも考える限り、感じる限り、なんだってここにある。

「そういうことだったら、オレが考えんの手伝ってやるから、な?」
「……じゃあせんせいがピーマンたべないのは?」
「くっそ……」

目をやれば、しんたろうはやわらかい笑みに混ぜて意地の悪そうな顔をしていた。
畜生、こいつ将来大物だぞ、もちろん悪い意味で。

「それは……あー……秘密、だ。オレと、お前だけの秘密」

ひみつ、と呟いてはにかんだ。
偉そうにしてる先生のかっこわるい姿は、どうかその胸の宇宙で六等星くらいの小さな星にしておいて。

title by クロエ