恋はビッシュ・ド・ノエル!

※2010年クリスマスのお祝いで二週間ほど毎日1話ずつ更新していたお話
※神夏で高校卒業後捏造。20歳設定です
◎BGMはRIP SLYMEの『マタ逢ウ日マデ』

「ごめん、こんなことで嫌だって思うの、自分でも本当に嫌なんだけど」
「……悪い」
「一がここまで譲らないの、よくわかんないけどよっぽどのことなんでしょ。それでも教えてくれないって言うなら、無理だと思う」

ため息は白く浮かびすぐに曇り空に溶けて消えた。
さっきまで腕を組んでいた女の背中は人混みにまぎれてもう見えない。
クリスマス一週間前、街路樹にはイルミネーションが光り、ショーウィンドウは赤と緑で飾り付けられている。
冬の風は幸せそうな奴らを避け、今まさに振られたばかりのオレを狙い打ちしてんじゃねえの、ってくだんねえひがみ。寒い。
よりによってこんな時期に、と心ん中で愚痴るが、こんな時期だからこその別れだ。女の言い分はよくわかる。

24日の夜は予定があるから会えねえ、って言った。
当然予定って何、と返されて、まあ仕事とか、とごまかしたが通用しなかった。
めんどくせえから普段嘘なんかつかねえ、不慣れなのがバレバレだったらしくすぐ嘘でしょ、と見破られた。
普通に考えて他の女だと思っただろう。なのに怒鳴ったりせず淡々と別れを告げてきたあいつは、たぶんいい女だった。
浮かんだ涙を必死にこらえる表情は、嬉しかねえだろうがきれいで。
ただ惜しむらくは、あだ名で呼んで、と言われるがままに呼んでいたから、本当はどんな名前だったか知らずじまいだったってことか。最低だな、オレ。

でも、予定があるのは本当だった。
石矢魔を卒業して2年、成人したこんなカタギでもねえ男が言ったらとち狂ったようにしか聞こえねえが、12月24日はサンタが来るのを待たなければならないのだ。

高校を卒業すると同時に夏目は姿を消した。
電話も出ねえし、メールを送っても返ってこない。そのまま続けると言っていたバイト先を覗いても見当たらなかった。
もともと何考えてるかわかんねえ、ふらふらした奴だった。
左後ろからの風がまともに当たれば少し寒いと思わなくもなかったが、生活がまるごと変わってしまえばそれどころではなく、いつの間にか気にしなくなった。

そんな中、去年のクリスマスイブにサンタが現れた。
サンタっつーか……まああいつなんだが、どうしてもサンタだと言い張るので仕方ない。
年末は組が後ろ盾になってる店がのきなみ忙しくトラブルも続いて、へとへとの帰り道、コンビニでケーキ売ってんの見てようやくああ今日クリスマスかって思い出した。
気づかなければよかった。信仰心なんてねえし、ケーキもチキンもどうでもいい。でも、浮かれた空気を吸いこんじまえば、幸せなんて縁遠い自分がみじめで仕方なかった。
家にあてがわれたひとり暮らしのアパートに着いて、当然明かりのついてない自分の部屋の窓を見上げてため息がもれる。
せめて暖房タイマーセットしとけばよかった、と思いながら階段を上ると、ドアの前にしゃがみこむ影があった。

「メリークリスマス神崎君」

絶句した。
約一年ぶりの夏目は全く変わっていなかった。人を食ったような笑みも、手入れしてるとこ想像すると気色悪いさらさらの髪も、黒いジャケットの後ろから中のパーカーのフードを引っ張り出す妙な癖も、そのまま。
もう会うことなんてないと思っていた。
連絡を取ろうと躍起になった時期もあったっつうのに、こんな何もなかったみたいに。
言葉より先にからだが動いた。低い位置にある頭にかかと落とし。久々だ。仕事でのドンパチじゃこんな無駄が多い技、使うことなんざない。

「いったー……ひどいなあ久々に会ったのに」
「あぁ? んなのこっちの台詞だボケ! 夏目てめえどこほっつき歩いてやがった!」
「夏目じゃないもんサンタだもん」

改めてメリークリスマス、と片目をつぶられて目眩がした。
もう一発食らわしたいとこだが外は寒い。鍵を開けて中に入ろうとすると、おじゃましまーすと勝手についてくる。オイ誰が上がっていいっつった。

「今日は何の日でしょう神崎君」
「まだ続くのかその茶番」
「正解! 今日はクリスマスイブです!」
「答えてねえよ話聞けよ」

夏目は脱いだコートをベッドに放るとじゃーん、と両手を挙げた。

「というわけでいい子の神崎君のために、サンタが懐かしの舎弟の姿で登場したわけ!」
「そうかそれはありがとう帰れ」

心なしか昔より悪化したハイテンションを無視して暖房を操作する。
そうかお前見ないうちになんかやばい薬に手え出したんだな。大将は悲しいぞ。

「リアクション薄いなあ、サンタだよ?」
「そうかお前は夏目じゃなくて正体はあのヒゲ親父なんだな」
「そういうこと。いやーいい子のためにとはいえこんなイケメンに変身できてサンタとしても嬉しい限りだよ」
「プレゼント置いて帰れ。有り金でも可だ」
「だからプレゼントはオレだって」
「ほんと何しに来たんだよサンタさん」

オレは外で軽く晩飯を済ませてきたが、パーティーをするんだとバカがうるさいので宅配のピザを頼んだ。出かけるのはめんどくさい。
シャンパン買いに行こうよと言うのは却下して、箱で買ってあるビールを開けた。

「……てめえ結局今どこで何してんだ」

大して面白くないクリスマス特番を、この芸人わりと好きだ、いやオレは嫌いだとか言いながら眺め、いくつか空き缶が床に転がる頃になれば、胸ぐらをつかんで問い詰めたい気分はだいぶ落ち着いていた。

「んー? オレ? オレはー、神崎君ちでサンタを少々……っていだだちょっ髪引っ張んないで! もー……夏目ってこと? オレただのサンタだから夏目のことは何も知らないよ」
「……そーかよ」

残り少なくなった缶をぐいっと煽る。
テレビでは賑わう街のイルミネーションの中継に、頭の悪そうなアイドルがはしゃいでいた。
言いたくねえなら、いいか。こんなバカと安いピザを囲んだだけでも、少しだけ幸せの端っこにさわれた気がしてんだ。面倒な話でわざわざ壊すほどの気力はない。

「ねえ、夏目はどんな奴だった? 神崎君から見てさ」
「……ろくでもねえ奴だったよ。オレより強えくせに、面白いからとかぬかしてふらふらくっついてきて、最後の最後まで何考えてっか全然わかんねえまんまだった」
「あは、そっか」

ばかげたやり取りだって自覚はあった。
たぶんこの光る夜に交わされる言葉の中でも、指折りのくだらない会話だ。
意味をなさないほどの見え透いた嘘を間にはさんで、話の焦点をあわくずらして。
何しゃべったってぼやけて響く。ぼろくそ言ってもこいつは懐かしそうに目を細めるだけだった。

「じゃあ何で、そんな変な奴下に置いてたの?」
「……知らね、ケンカんとき役に立つからじゃねえの」
「そんな理由でそばに置くほど、割りきれるたちじゃないくせに」
「……お前は誰なんだよ」
「神崎君のことは下調べしてきたんです」
「……あいつは、オレをなめることも甘やかしもしなかった」

一生、言うはずのなかった思い。
それでも口を滑ったのは、酔いと今日この日のテンションと、こいつが夏目じゃねえって言い張るからだ。

「オレは……意地張ってたが、正直色々ぎりぎりだった。でもあいつは、そんなオレにもういいとか、バカじゃねえのとかじゃなくて……そのままでいけって言いやがった。今考えると鬼としか思えねえが……のかわり、いっつもオレを見てやがった……それが一番、欲しいもんだった」

要するに夏目は暇だったんだと思う。
オレが欲しいもん全部持ってるくせに、んなのつまんねえって早々に見切りつけて、自分持て余して。
周りに見放されたオレは夏目のまなざしにすがった。
自分を見放した夏目はオレに腕をつかまれればほほ笑んだ。
歪んだ、でも何にも代えがたいその関係は、どう考えても大将と舎弟の域をはるかに超えていて。
でも、名前をつけるのが怖かった。そんで怖がるままに、そのまま。

「……夏目もきっと、神崎君に一番欲しいもの、もらってたと思うよ」

後ろあたまと肩を引き寄せて、やわらかく抱きしめた。
もう何もしゃべりたいことなんざなかったし、何もしゃべらせたくなかった。
拾ってきた犬を隠すように抱きこんで眠れば、夏目と出会う前、ガキの頃の夢を見た。

「……あ?」

翌朝、鼻をつく臭いで目を覚ますと、横に夏目の姿はなかった。
代わりに枕元に転がっていたのは……昨日脱いだ靴下。

「っざっけんな……っ!」

自分のもんとはいえさすがに嫌だ。ぎょっとして反射的に払いのける。
ベッドの下に落ちると、ぼん、と思ったより重みのある音がした。
つまみ上げれば靴下の中には昔好きだったあのパックジュースと、紙切れ。
クソサンタ、人の好物をなんつう扱いしてくれてんだ。
呟きながら二つ折りの紙切れを開けば、見知った字が並んでいた。

『今年は勢いで来ちゃったけど 来年欲しいものがあったらリクエストしてね

サンタより(^八^)』

ふざけた文面の下に記されたアドレスは、高校時代と変わっていなかった。
卒業後、何してんだと幾度も送ったメールは届いていたのか、という感慨は、寝起きの頭には軽くしか届かない。この顔文字的なもんの真ん中の八は何なんだ、と眉をひそめているうちに飛んでった。

そんなとらえどころのない記憶をなぞりながら、賑わう街から部屋に戻ると、テーブルの上でラッピングされた箱がすましていた。
24日じゃなくとも、あの女に渡そうと思っていた。
欲しがってたアクセサリー。きゃしゃな手のひらに置けば輝いたはずのしゃれた箱も、散らかった中じゃ場違いなだけだった。

テレビをつければ、最終回らしいドラマが流れイルミネーションの前で男が女を抱きしめていた。
高望みしてるつもりはない。
みんなが幸せそうに笑う季節、自分もそん中に入りたい、それだけだ。
そんなちっぽけな願い、お前がいなけりゃきっと叶うのに。
灰皿を引き寄せれば、プレゼントは床に落ちてリボンがゆがんだ。

去年ドアの前で待っていたあいつは、ほおも耳も真っ赤にして寒そうだった。
今年は早く帰って家で待っててやろうなんて、んなこと考えてるオレは本当に終わってる。