男の子と女の子

※カズくん×梓ちゃん

日差しがこんなにあったかいなんて予想外だった。
梓との待ち合わせにはまだ時間がある。
公園のベンチにだらしなく座ったオレの隣には、今話題だという生ドーナツの包み。
保冷剤入れてもらわなかったけど大丈夫かな、とちょっと不安になったけど、場所を移す気力はなかった。
つい最近まで寒かったから厚着してきたロンTが暑くて、えりぐりをぱたつかせてわずかな風を入れてみる。

春休みでただでさえ混んでいる街で、うんざりするくらいの行列に並んでドーナツなんて買ったのは、今日が3月14日だからだ。
先月もらったチョコレートへのお返し。
ホワイトデーは3倍返し、なんてひでえルールをよく聞くけど、梓がくれた手作りチョコは3をかけてもせいぜいあめ玉1個程度の残念な出来だった。
なのになんだかんだで甘いオレは、どれが食いたいのかわかんねえし、なんて結構な種類のドーナツを買ってしまった。財布が軽い。

梓は、いや、梓だけじゃなくて、女の子って生き物はよくわからない。
昨日言ってたことと今日言ってることがまるで違う。
親切にされるのが当然みたいに、遠慮なく甘えてくる。
そんなくせに、自分がちょっとやさしさを差し出すときはどうだってばかりに偉そうで。
でも、それを許してしまうオレがいる。
泥団子みたいなトリュフでも、得意げに頑張ったんだよって笑われれば、食べてみたいなあって一度こぼしただけのドーナツに並んでしまう。
しかたねえなあもう、ってあきれたふりをすることで、女の子のよくわかんないきらきらした世界に、入れてもらえてる気がしてる。

「くらえぇハイパーアルティメットマシンガンキーック!」
「なにおうじゃあオレはウルトラバーニングブリザードチョップだああ!」

日差しがまぶしくてうつむきがちだった顔を上げれば、小学生くらいの男の子たちが騒ぎながら歩いていた。
オレら高校生は春休みだけど、やつらはランドセルをしょっている。
元気だなー……つーか、バカだな。バーニングブリザードって、暑いのか寒いのかどっちだよ。

「待ってよーあたしもやるー!」
「ダメだよお前弱いじゃん」
「弱くないもん!」
「じゃあお前も必殺技できんのかよ」
「で、できるよ!えっと、ミラクルトゥインクルシューティングスターアターック!」
「なんだよそれー」
「ちょう弱そー」

黒いランドセルの後ろを、赤いランドセルが追いかけてきた。
混ぜてほしい女の子の必殺技センスはやっぱりかわいくて、相手にされずすねている。
構わず自分たちの遊びに夢中の男の子たちに、女の子は泣きそうな顔をして早足でどっか行ってしまった。

まるで小さいころのオレと梓みたいだった。
勉強も運動もそこそこできて、背も高い方だったオレは、子どものころいつも騒ぎの真ん中にいた。
カズくんカズくんとついてくる、ちっさくてとろい梓は男の遊びにはジャマでしかたなくて、冷たくしてた。
オレたち男子がまだ必殺技やサッカーで無邪気にはしゃいでるよそで、女の子たちはだんだんおとなっぽくなっていった。
梓の今の友達はみんないい奴だけど、グループ作りやぶりっこへのシカトなんかに混ざらないあいつは、小学校の後半から中学にかけて、楽しいことばかりではなかったように見えた。
でもオレはなにもしなかった。
輪の中心でわかったような口叩くのが楽しくて、目をそらした。

『ゴメンあとちょっとでつく! 途中で猫かまってたら遅くなっちゃった』

ポケットの中の携帯が震えて、開けば梓からメールが来ていた。
ちっともゴメンと思ってないような、舌を出した絵文字に苦笑いが浮かぶ。
お前なあ、オレはいいけどドーナツだめになっても知らねえぞ。

画面に目を落としてるうちに、男の子たちの背中は遠くなっていた。
あいつらは、どうなるんだろう。
いつの間にかオレは、必殺技を出さなくなった。出せなくなった。
女の子にひと足遅れて、オレはどう見えてんだろ、どうすればかっこいいんだろ、なんて気にし出したら、あのころ確かに感じていた、やればなんでもできるなんて力は、どこかへ行ってしまった。

ハイパーアルティメットマシンガンキックなんて誰もできねえよ、なんてことはなかった。
あのころの気持ちをのがさなかったひとは、アニキは、憧れたままのヒーローだった。
髪を染めて、ピアスを開けて、不良になりたいっすなんて頭を下げて、でも結局それすら中途半端のまま、季節はいくつか過ぎてしまった。

勢いだけの必殺技の名前の流れから、いくつかの英単語が頭に浮かぶ。
休み明けのテスト、勉強の進み具合に思考が飛んで、思わずため息をついた。
夏休みデビューとからかわれたころは、お坊ちゃん高校のレッテルなんてだせえって思ってたけど、変われないって気づいた今では、それだけがなんとかオレのプライドを支えている。
自分でばかにして捨てたくせに、結局戻ってくる。
華やかに笑っていたときにはいらないと思った、梓のことも。

「カズくーん!おまたせー!」

声のかかるほうへ目を向ければ、ハイになってる子犬みたいに梓が息を切らしてこっちに走ってくる。
春の日差しがよく似合う。まぶしくて目をきちんと開けられないオレなんかよりずっと。
転ぶから走んな、そう言いたかったけど、なぜだか声が出なかった。

情けなくなったなあ。
調子こいてひとつも思いをつらぬけなかったオレは、もうお前が必死で背中追っかけてた男の子じゃないよ。
居心地の悪い日々を抜けて、今確かに笑ってるお前の方が、ずっと強くて自由だよ。

「ゴメンほんと遅くなって……あっ、これってもしかして例のドーナツ!?」

息を整えながら、梓はわきに置いた包みに目を輝かせた。
わあいと伸ばした手を、かたくつかむ。

「梓」

なあ、オレをそのきらきらした世界に連れてってくれよ。
ドーナツなんていくらでも買ってやるから。

「……好きだ」

お前を好きだと思うことで、お前に好かれてると思うことで、指のすき間からこぼれてった力や、叶えられなかった夢なんか全部、忘れられるような恋をしたい。