※2011年あけましておめでとうのお話(うさぎ年でした)
年越しは眠りの中だった。
毎年観ていた紅白歌合戦は恋の歌ばかりで気が滅入って、チャンネルを回せば裏番組は格闘技やら、笑ってはいけないナントカやら。
テレビに映る殴る蹴るはスポーツやギャグだと分かっていても、わくわくしたり笑ったりする気になれない。
今のぜってえ痛えよ、そんなことばかり無駄に分かるようになって、ぶつぶつ呟いていたらうるさい、とほのかにミカンを投げつけられた。
口より先に手が出る不良に混ざって暮らし、何の間違いか輝かしい青春の恋心を同性の幼なじみに捧げてしまっているオレは、世間の娯楽を楽しむこともできなくなってしまったのか、と嘆きながらフテ寝したのだ。
したがって、年賀メールも朝になってから気づいた。
目をこすりながら携帯を開けば、結構な数の着信があった。
『from 姫川竜也
Happy new year.
ちょっと早いけどな。オレ新年はハワイなんで(笑)』
日付が変わる前のメールは、空港でアロハを着た姫川先輩の写メつきだった。
正月ハワイとか芸能人気取りですかそうですか。
『from 神崎一
去年も世話になった覚えはねえ。
今年もよろしくする気はねえ。以上』
夜中に届いたらしい神崎先輩からのメールは何が言いたいのかよくわからない。
言うことないなら黙ってろよ。なんで送るんだよ。
加えて数十分後の夏目先輩からのメールには、
『あけましておめでとう☆
神崎君から意味わかんないメール来たと思うけど許してあげてね。
構ってほしいだけだから。さびしいと死んじゃう今年の干支的なアレだから』
とあって、新年から個性全開な先輩方に心底脱力してしまう。
「……ジャイアンとスネ夫からの年賀状ってこんな感じかね」
「なんだ~い古市く~ん」
「似てねえよ」
携帯をいじりつつ階段を下りると、リビングにはミカンの皮を散らかしているバカの姿。
いるのが当然みたいにいるんじゃねえよ。とりあえずオレもこたつにもぐりこんだ。
「……母さんたちは」
「オレと入れ違いで初詣行ったぞ。お前まだ寝てっから留守番してろって言われた」
「腹減った」
「おせちは冷蔵庫ん中」
栗きんとんお前んちの方がうまい、とか何オレより先に食ってんの。
オレの文句を適当に流しながら、男鹿は携帯に夢中だ。
ダ、とベル坊が背中から顔を出す。おー、あけましておめでとう。無事新年を迎えさせてくれてありがとう頼むから今年も人類滅ぼさないで……って、オイ。
「……なんでベル坊うさ耳つけてんの」
「む? ああ、年賀メールに写真つけようと思ってな」
「お前は子どもできたばっかの親バカお父さんか」
うーんある意味そうなのか? と首をひねっていると、男鹿はだってよー、と携帯を突き出してきた。
画面で満面の笑みを浮かべているのはうさ耳の……東条。
「新年早々グロ画像見せんな」
「言ってやろ」
「やめてお願い頼むから!」
メールを開けていく途中だった自分の携帯を見れば、同じメールがオレにも届いていた。
『とら年終わっちゃったな
(´・ω・`)
でもウサギもかわいいよな 今日だけ東条英ウサだぜ』
あーそういう流れ……って納得すると思うかなんなのこの人。
自撮りの写真をよく見れば、後ろでグラサンが腹抱えて眼鏡が口元を押さえている。
未成年には見えない三人、酒入ってんじゃねえのこのテンション。
「対抗してうさぎベル坊送ってやろうと思ってな」
「あっそ……オレはうさ耳だったら普通に女の子のが見てえよ」
水着の件で一度期待を裏切られてるけど、ここはヒルダさんだろ。
バニーガール姿でカジノごっことかしてくれんなら、いくらでもお年玉つぎこむのに。
あ、でも本場っぽいヒルダさんもいいけど、女王とかがコスプレっぽく着てくれたらそれはそれでそそるなあ……初夢に出てきてくんないかなあ。
「おっ女王からも来た!」
切り替わった画面にはタイミングよく邦枝葵、の文字。
いいねえこの時間なのが女王っぽいねえ、きっと夜中に送ったら迷惑よね、とか気ぃ使ってんだよな。
『from 邦枝葵
新年あけましておめでとうございます。
昨年はお世話になりました、今年もよろしくお願いします。』
宛先のところには、石矢魔の他の男子のアドレスも同時送信として並んでいた。
「……わかってたけど、そっけねえなあ」
同意を求めれば男鹿は携帯から顔を上げる。
「女王からの年賀メールの話。そっけないよなー」
「ああ、んでもアレじゃね、実際会ってあいさつしようって意味じゃねえの」
「……なにそれ」
ほれ、と再び投げ渡された画面には、オレのとは違う文面のメール。
時刻を見れば日付が変わってすぐだ。なにこの特別扱い!
『from くにえだ
あけましておめでとう。
あんたはどうせ暇なんでしょうけど、私は明日は神社の手伝いよ。
家でゴロゴロしてるよりは、初詣にでも来ればいいんじゃないの?』
邦枝先輩さすがですパネエっす新年からツンデレがフルスロットルっす。
「古市着替えたら行こうぜ」
「ヤダぜったいヤダ少なくとも女王んとこには行きたくない」
「あいつんちが一番近えだろうが。ベル坊も光太に会いてえよな?」
「ダッ!」
神社で手伝いっていったら、女王はきっと巫女さんルックだ。
オレはもちろん巫女さんは大好きだ。でもそこにいる巫女さんはオレの巫女さんじゃない。まあ基本巫女さんはオレのじゃなくてみんなのだ。みんなの巫女さんならいい。でもよりによって男鹿の巫女さんだなんてんなの許せるか!
「いて、ミカン投げんな。仕方ねえなあ、オレだけ行くか」
「もっとダメ」
「……正月からわがままだなお前」
結局甘酒おごってやるから、の一言で折れた。
パジャマを着替えて口元までぐるぐるマフラー巻いて、玄関を出る。
「ん」
「……ん」
差し出された手を素直にとったのは、寒いからだ。
男鹿の手はこども体温。冷え性の俺には手袋よりあったかい。
「……神社着いたら離せよ」
「なんでだ」
「なんでも!」
去年もおととしもそのまた前の年も、男鹿と初詣に行ったっけ。
一年のはじまりの風景は、ため息が出るくらい変わらないけど。
「うし、メールできた。帰ったらまとめて送る」
普段凝ったメールなんてしない男鹿は、空いた手で満足げに携帯を閉じた。
どうせオレとは元旦に会うし、こいつ年賀メールなんてすんの初めてなんだろうな。なんか嬉しそうだ。
オレだって思い返せば、微妙な仲のよさのクラスメイトたちから似たような文面のメールがいくつか来る程度だった。
こんな恐ろしく個性豊かなメールが届きまくったことなんて今までにない。
東邦神姫だけじゃなく、メールでは山村君とかレッドテイル連名でも来てたし、三木とか城山先輩とか律義な奴らからはちゃんとハガキが届いていた。
「東条また屋台出してっかな。ケンカ初めしてえ」
「なんだよケンカ初めって。物騒な言葉作んな」
むかしむかし。
そんなにむかしじゃないけど、今となってははるかむかしに感じるむかし。
あるところに凶悪で凶暴で人を人とも思わないクソヤローと、それに振り回されてばかりのイケメン幼なじみがいました。
物語のはじまりは、ふたりぼっちだった。
クソヤローはケンカが好きで、イケメンは女の子が好きで、どう考えても話が合わないふたりでしたが、なにせふたりぼっちでしたので、話をする相手が他にいませんでした。
クソヤローは平和主義のイケメンに無理やり技をかけ、イケメンは淡白すぎるクソヤローにおっぱいの話をしました。
でも今はそんなことない。
いつの間にかオレたちの周りにはうるさいくらい人が増えて、男鹿はケンカしたくなったら東条先輩に挑めばいいし、オレだって女体については姫川先輩あたりと語り合えばいい。
クソヤローとイケメンを繋いでいた、腐れ縁なんて弱い糸は、自然とほどけていくように思えました。
しかし。
「お、やっとあったまってきた。古市お前手え冷たすぎ」
「うっせーな、甘酒ちゃんとおごれよ、約束だからな」
お互いにぶつけるしかなかったたくさんの話を、ちゃんと相手を選んでまけるようになって。
それでもこいつはオレのために、好きだって言葉だけは残した。
削ぎおとした気持ちの真ん中にあったのはその言葉だったんだって。
狭い世界から抜けて、腐れ縁をほどいたオレたちが赤い糸を結び直すなんて、誰が予想できたろうか。トンデモ展開の物語にも、ほどがある。
「あー……メール返事すんのめんどいな、男鹿のオレからも、ってことにしといて」
「じゃあ古市もベル坊と一緒にうさ耳つけろよ」
「……勘弁して」
うんざりするほど個性豊かな仲間たちを引き連れて、ふたりぼっちよりあたたかい道、こっそり手繋いで行こう。
あけましておめでとう、わざわざ言わないけど今年もよろしく。