間違い探し

五年三組には居場所がなかった。一年二組にも、三年一組にも。息がしやすいのは姉貴たちに混ざってやる高校生とのケンカだけだった。
汚い路地裏に現れた銀髪はどう考えても場違いで、正しい場所へ帰そうと冷たくしたり殴ったりしたけど、古市は引かなかった。

――オレは弱いしケンカも怖いけど、そんなもん友達をやめる理由には全然ならないぞ。

あの目が忘れられない。色素の薄い瞳に強い意志を宿して、オレの胸を貫いた。
友達ができた、と報告したらお袋はコロッケを作り親父は泣いたから、そんなに何か変わるのかと思ったけど全然だった。クラスメイトは相変わらずオレを遠巻きに見た。
でも体育の準備体操の時相手ができた。ポケモンの交換機能を初めて使った。くだらないボケを呟けば鋭いツッコミが入った。
それは立ち込めていた雲間から光が差すようなささやかでけどあたたかい変化だった。

古市は何で男鹿と、と言われるのを気にしない様子だったから、オレも二人でいるのが傍から見たら間違いだってこと、すっかり頭から抜けていた。
それを突きつけられたのは中三、受験する高校を選ぶ時だった。高校は中学までみたいに学区じゃなくて成績で決まる。オレは石矢魔一択で、古市はもっと上の学校に行くのが明白だった。
本当はずっと横にいてほしかったけど、こればっかりはどうしようもないことだった。だから推薦の試験の前日、古市にちゃんと頑張れよって言ったし、推薦取消の原因になったケンカに巻き込んだのも誓って偶然だった。
でも、こいつも石矢魔に来たらいいのに、と思ったことがないと言ったら嘘だった。心の中だとしてもオレが願ったから古市はこんなことになったのかもしれない。後悔は苦く残った。
こうして古市は正しい場所へ戻る機会を逃し、場違いの世界に居続けることになった。

* * *

とはいえ結局案外馴染んでるんじゃねーかと思う。
オレが修行でいなかった時も大勢を率いて焔王を探してくれたし、明日の聖石矢魔のクリスマスイベントには烈怒帝瑠の誰かを誘って参加するんだと息巻いている。
放課後、便所を済ませて古市が待つ昇降口へ向かう途中で、佐渡原に呼び止められた。

「男鹿、ちょっといいか」
「よくねー」
「そう言うなよ、古市のことなんだ」
「……あいつがどうかしたか」

思わずぎっと睨みつけると、怯むかと思っていた佐渡原は深々とため息をついた。

「もう……そういう態度がいけないんだと先生思うぞ」
「あんだよ」
「古市の苦労が絶えないって話だ。あのな、年明けからお前らが石矢魔に戻るって話は知ってるだろ」
「知ってる」
「けど、古市だけはこのまま聖石矢魔に編入してもいいんじゃないかと思うんだ。成績も問題ないし、あいつはケンカもしないんだろ? 聞いたらもともとお前に巻き込まれて推薦取消になって石矢魔に入ったっていうじゃないか」
「……」
「でもな、古市に編入しないかって聞いたら、あいつこう言うんだよ。『石矢魔にオレがいないとどうなるか心配でしょーがない奴がいるからいいです』って」
「……っ」
「男鹿、お前のことだろ? ……なあ、お前たちが仲がいいのはわかった、でも友達だからこそあいつに言ってやってくれないか。将来のことを考えたら聖石矢魔に来た方がいいって。うちなら大学受験の対策だってちゃんとできる」

な、頼んだよ、とオレの肩に手を置いて佐渡原は去って行った。オレはしばらくそのまま動けずにいた、背中のベル坊が怪訝そうにダ? と声を上げても。
理由はともかく古市が石矢魔がいいって言ってんならそのままにしちまえ、ってオレの中、自分勝手なオレは言う。
オレのせいで推薦取消になっちまったんだから今度こそ正しい場所へと背中を押せ、って罪悪感から来るオレが言い返す。
古市がもし聖石矢魔に編入したら。石矢魔の学ランよりきっと、あの緑のブレザーはよく似合う。三木やカズと仲良くして、聖石矢魔の女子はたぶんロリコンだのキモイだの言ってこない、彼女なんかもできるかもしれない。勉強をして、大学に入って、いい会社に就職して、親父さんもお袋さんもほのかも安心するだろう。
いいことずくめじゃねーか、なのにオレなんかのこと心配して、アホアホアーホ。
ポケットの携帯が震えて開けば、アホから『まだ?』ってメールが来ていた。


「おせーよ男鹿、うんこ?」
「古市、お前……」
「ん?」
「……」
「……もしかして、佐渡原先生に編入の話聞いた?」

うんともすんとも言わなかったが、答えないことが答えだった。

「どこまで聞いたかわかんねーけど、しないから安心しろって」
「お前が好きで石矢魔にいたいって言うなら止めねー、でもんなことねーだろ……そんなにオレは、頼りないか」

古市はやれやれと言わんばかりに目を伏せ長いため息をついた。

「お前が心配っていう理由、半分本当で半分嘘。佐渡原先生しつこいから、納得してもらえそうなの適当に言ったけど、本当はそれだけじゃなくて、もう一つある」
「……何だよ」
「男鹿お前、小五のケンカやり合った時、オレが何て言ったか覚えてる?」
「……『オレが立つのは横だ』」
「その前」
「弱いしケンカも怖いけど友達やめる理由にはならないとかなんとか」
「その前」
「……覚えてねーよ、何年前だと思ってんだ」
「まあな。正解は……」

古市が答えを言いかけたその瞬間、昇降口の校舎の方から「男鹿、古市!」と声がかかり、視線を向ければ佐渡原が立っていた。

「男鹿、古市のこと説得してくれたかー?」
「いや……」
「先生、今こいつにも言おうと思ってたんですけど、オレが聖石矢魔に編入しない理由、他にもあるんです」

にっこりと効果音が付きそうなさわやかな笑みを浮かべ、古市は――その笑顔を思いっきり裏切るようなことをぬかした。

「わくわくするんです、楽しいんです、こいつといると。オレは弱いから、自分がケンカに巻き込まれるのは怖いし嫌なんですけど、こいつが悪い奴らワンパンでぶっ倒したりするとスカッとするし、不良の集団次々とめり込ませてったりすると笑えてくるんです」
「そ、そう……」
「だから広い意味ではオレも不良なのかもしれないです。声かけてもらって申し訳ないんですけど、聖石矢魔にふさわしい人間なんかじゃないですよ、オレ」

佐渡原はドン引きで、お前ら変わったもの同士ね、とかもにゃもにゃ言いながらいなくなった。古市はいつかのあの日と同じ強気な笑みをオレに向け、言った。

「思い出したか?」
「……ああ」

――わくわくしたんだ。この間お前についていって、わくわくしたんだ、楽しかったんだ。

他の言葉のインパクトが強すぎて忘れていたけど、確かに言っていた。小五の時分、オレのケンカを目撃してそんなことを言う奴は他にいなかった。

「お前といるとごはんくん観てるみたいなんだ。はらはらするし、応援したくなるし、でも最後は勝つって信じてるからわくわくもする」
「……ほほう」
「いい気になるなよ。アホだから心配なのも本当だからな」
「アホなのは古市てめーだろ。わくわくとか心配とかのためにせっかくのチャンス逃しやがって」
「……もし聖石矢魔に編入したらって、オレだって考えてみたよ。あのかっこいいブレザー着て、三木や山村君と仲良くして、聖石矢魔の女子はロリコンだのキモイだの言わないだろうから、彼女なんかもできるかもしれない……でもな!」

ケンカがめちゃくちゃ強くて、睨んでると勘違いされるほど目つきが悪くて。自分ではなかなかかっこいいじゃねーかと思ってるんだけど、小学校五年間教室に居場所はなくて、陰口叩かれまくって。だから諦めてた、オレはみんなとは違う、どっかバグってるんだって。

「オレの今までの経験から行くと、わざと六割、偶然四割でお前はオレの優雅な放課後をぶち壊す! 不良のパレードを連れて、おー古市とか言って!」
「……否定はしねーな」
「それに三木も山村君もお前が大好き! 話題は結局お前! それにオレの予想だと、お前は卒業までに少なくともあと一回は石矢魔の校舎を壊す! そんでまた聖石矢魔に間借りしにきて、烈怒帝瑠のみなさんにロリコンとかキモイとか言われてせっかくできた彼女と別れる!」
「想像力豊かだな……」
「巻き込まれて結局ガッカリさせられんのはもううんざりなんだよ。オレは自分の意志でお前との距離を取る、基本横、時々物陰だ」

そう言ってドヤってみせる古市、お前も大概変な奴、どっかバグってるよな。お前の正しい場所って実は、聖石矢魔でも安定した将来でもなくて、オレの横だったりするんだろうか。だったらいいな。
明日はクリスマスイブ、踏み出す街はイルミネーション。サンタよどうかベル坊にプレゼントを、そして今年一年いい子にしていたオレの願いも叶えてください。