努力賞をください

※2011年神崎君誕生日祝、バブ13が6月1日だったらいいなという妄想から
※夏目視点

すき、すきだよ神崎君がすき。
何度くり返しても言ってろばかって適当に流す神崎君は、そもそもあんまりオレとちゃんと話をしてくれない。
ふたりきりなら少しは会話が成り立つけど、みんなでいるときはオレがしゃべっても、自分に向けたものじゃないみたいにしらっとしてる。

「正直邦枝はやりづれーっすよ? 強ーし人望はあついし、なんせ一年にして石矢魔女子をまとめあげたカリスマだ」
「ククッ、確かに」

違うよ姫ちゃんに言ってんじゃないし。オレは神崎君に教えてあげてるのに、なんでバナナなんかに夢中なの。

「ガチでやりゃてめーは勝てねーだろーな」
「あ? おめーも一回やられてんだろ」

姫ちゃんの挑発に簡単にひっかかる神崎君は、オレがこっそり歯がみしてることを知らない。
城ちゃんやオレの存在なんてないみたいにヒートアップするやり取りにむかむかして、わざと音を立てて椅子を引き立ち上がった。

「――ま、それはともかく、東条一派は正直石矢魔統一なんて興味ないだろーし。こうなると男鹿ちゃんに頑張ってもらっとくしかないっすかねー」

心の中であっかんべーして病室を出る。
男鹿ちゃんに乗りかえるみたいな言い方してみたけど、神崎君がこれで終わりだなんて思っちゃいない。そもそも石矢魔のてっぺんのすぐ下についておこぼれもらおうって魂胆なら、はなから神崎君なんかのとこついてないんだ。
ざけんなあんな一年坊に、治す三日で治す、なんて威勢のいい声が背中にぶつかる。

「たーのしーなー」

むしろこのどん底からはい上がって、かっこいいとこ見せてくれんの信じてんだよ、オレは。

『もしもし、夏目か? 神崎が夕飯どきに消えてから戻ってこねえんだけど』

その夜入った姫ちゃんからの電話。
信じてる。けどそれがこんなに早いだなんて、思ってなかった。

* * *

片腕片脚を吊る大けがだ、たいして遠くまでは行けないだろう。そう踏んで病院のそばを探し回れば、高架下に背を預けて座りこむ影は簡単に見つかった。
放り出された松葉杖にため息がもれる。ここまで来るのも大変だっただろうに。
じきに日付が変わる夜の街はひっそり静まりかえり、時々上を抜ける車も家を目指すばかりでスピードを落とさず通り過ぎていく。

「見つけた」
「……夏目」

見つけたときにかけた声も、歩み寄る足音も聞こえていたはずだ。
けど神崎君は眼の前に立ってようやく、今気づいたとでもいうようにゆるりと顔を上げた。
焦点の合わない濁ったまなざしは、あどけない迷子のようにも疲れはてた老人のようにも見える。

「何やってんの、ばか。ほら戻るよ」
「……」
「……戻ろう? 肩貸してあげるからさ」
「……やだ」
「やだって。じゃあどうすんの」
「……帰る、家」

頑なに首を横に振り続けるだだっ子に、どうしたもんかと髪をかき上げる。
正直めんどくさい。こんなときだけ敏感にその思いを察して、傷ついたみたいな顔すんのがもっとめんどくさい。
反則だよ、そんなの。ただ面白いからってだけでそばにいるなら、とっくに見捨ててるのに。テレビの中のどんなはかなげな女の子よりずっと、神崎君のつらそうな顔はオレの胸をしめつける。

「……あんなとこでぐずぐずしてらんねーから、帰んだよ。やられっぱなしで黙ってられっか」
「そんなからだで何言ってんの、まず治してからでしょ」

男鹿ちゃんなんかとの力の差は、元気なときでも埋めがたいって思い知ったはずだ。そんなのぼろぼろの今ではなおさら。
ぴしゃりと言い放てば、思いがけず強い眼でにらみ返された。

「……だってんな悠長なこと言ってたら、お前いなくなんじゃねーか」

思わず眼を見開いた。
男鹿ちゃんに頑張ってもらっとくしかないっすかね、なんて。昼間病室で言ったこと、ちゃんと気にしてたんだ。
いつもはオレのことなんて見てくれないくせに。オレの話なんて聞いてくれないくせに、本当にこんなときだけ。

「少なくとも城ちゃんは、忠犬よろしくずっと待ってくれると思うよ。オレは……さあね、どうだろ。でもだからってどうなの、神崎君、オレがいなくなったってそんな困んないでしょう」
「……困る」
「うそだ。神崎君はさみしいだけだよ、いっぱいいた舎弟がいなくなっちゃうから。誰だっていいんじゃん……オレじゃなくたって」
「違えよ……お前がいなくなったら、困る」

夏は近づけどまだ冷たい風が髪をもてあそぶ。時おり過ぎる車のライトで、神崎君のすがるような顔が浮かんだり消えたりした。ふたりぼっちの夜更けは勘違いしそうになる。遠い街灯があわく作るオレの影が神崎君に重なれば、弱りはてた迷い事でも真に受けそうになる。
くしゃりと髪に指を通し、眼をそらした。

「あんまオレにそういうこと言わないでよ……何回も言ってんじゃん、オレ神崎君のことすきなんだよ?」

ふたりっきりで逃れようがないのは神崎君も一緒だ。知らんぷりすることも、何言ってんだかと立ち去ることもできない。
ひるめばいい。ばかなこと言ったって、面倒な相手に面倒なこと言ったって、思い直してくれればいい。
けど神崎君は、少し考えこんだあとゆっくりと口を開いた。

「……オレは、お前が大事だ」
「っ……」

なんてずるい言い方だろう。
同じ意味を返すようでいて違う。大事だ、なんてどうとでもとれる言葉だ。
でも細めた眼がオレだけを見つめて、薄いくちびるがかすれた声でオレだけに向けて告げれば、神崎君限定でゆるゆるにとけた心には、それだけで十分で。

「……着なよ、それだけじゃ寒いでしょう」
「……」
「神崎君どうかしてるよ。いいから病院戻ろう」

寝間着の半袖のままの神崎君に、はおっていたパーカーを放る。
どんなにすきでも、こんな状態で思いに応えてほしいわけじゃなかった。女の子なら弱ったときが狙い目でも、オレがすきなのは強い神崎君だ。
あたためるものだって認識してないみたいにパーカーをひざに受けたまま、神崎君はくちびるを震わせた。

「……ちゃんとすっから……いなくなんなよ……」
「ばか……っ」

これぐらいは許してね。
ひざをつき力ない背中を引き寄せて、肩にパーカーをかぶせる。だらんと落ちた腕ごと抱きこんだ。むきだしの首筋に鼻先をうずめれば冷たかった。
ばかなひと、そんでずるい。
傷だらけのからだ引きずって、風の吹き抜ける暗い街の片隅で力尽きるなんて不器用な真似するくせに、オレのことはこんな簡単に引き留めてしまう。

「……いなくなんないよ」
「……」
「城ちゃんもオレも、一番になんのだけを神崎君に求めて、一緒にいるんじゃないもん」

だから焦んないで、まずケガ治してそれからだよ。
そう言おうとしたのに、されるがままにオレにからだを預けた神崎君は、んなのいらねー、と首を振った。

「一番になれなくても頑張ってるから、なんていらねーんだよ……ちゃんとすっから、一番強くなっから……お前はんなこと、言うんじゃねーよ」

オレのすきなひとは、わがままです。
泣きたくなるくらいむかついて、無防備な頸動脈、噛みついてやりたくなります。
泥まみれで立ち上がる姿がオレを惹きつけてやまないこのひとは、努力賞の価値を、それだっていいからほしいひとがいることを知りません。
すきだよすきだよって我ながらぶざまなほどにくり返しても、軽く響いて本気に取ってもらえない奴だって、いるのに。
いらないって言うなら努力賞、オレにちょうだいよ。自分のことすきって言ってる人間に、こんなに簡単に抱きしめられたりしないで。

腕時計が小さく鳴って、日付が変わったことを告げる。
そういえば昨日は神崎君の誕生日だったな、なんてぼんやり思い出した。