心は独りにさせない(古市)

※ゲーセン~スーパーミルクタイムあたりの本誌の流れを受けて
※古市と愉快な仲間たち

遮るものなく吹き抜ける風で、オレやヒルダさんの髪は舞い上がり、ラミアの白衣ははためいてばたばたと音を立てた。
しかし男鹿の瞳は揺るぎなく、その言葉にはひとかけらの迷いも感じられなかった。

「ベル坊は人間を滅ぼしたりしねーよ。オレが親だからだ。オレがこいつにそんなしょーもねー事はさせねぇ」

正直やっとかよって思った。
人間を滅ぼしにやってきた魔王の親に選ばれたなら、誰かに押し付けようなんかじゃなくて、まず止めようと思うだろって。

けどどこか他人事だったのはオレも同じだ。
ベル坊が放つ電撃や、ヒルダさんやアランドロンの能力が常識で計れるものじゃないのは確かでも、どうにかなるだろってのほほんと構えていた。

「スーパーミルクタイムだ……!」

間の抜けた準備ののち、ベル坊と融合した男鹿は宙に浮き上がった。
どっちが悪魔かわからない、気色悪い蝿の翅。
オレの知ってる、乱暴だけど根は普通の幼なじみ、男鹿辰巳ではもうない。

なんでお前なんだろう。
なんでお前が呼ばれたんだろう。
ハリウッド映画なんかで観る、人類の命運を背負う主人公はもっと勇敢で特別で、お前なんかそんな柄じゃねーだろ。

滅ぼされるなんてごめんだ。オレだって死にたくないし、男鹿もきっとそうだろう。
けど、それでも押し付けようって回っていた思いがやっとわかった気がした。
誰かがしなきゃなんないこと、でもどうして男鹿なんだ。

男鹿に運命をたくす人間のひとりとして、頼むって思う気持ちの一方で、男鹿の友達のオレが、やめろんなことしなくていいって叫ぶ。

「男鹿……」

でもお前は覚悟決めたんだな。
何がお前を突き動かしたんだろう。
ガキの頃から嫌になるくらい一緒にいたって、誰かを殴る拳の痛みや、殴られる衝撃をオレは知らない。
その孤独を、恐怖を、それでもって決意を、知りえない。

「……っ」

その姿が遠い、なんて今さらだ。
わからないなりに、ずっと近くにいたんだ。
力のないオレが越えられない屋上の柵をぎゅっと握りしめ、くちびるを噛んだ。

* * *

「あんた……本当に何も聞いてないのね……」
「……聞いてねーよ」

焔王が来た日の夜の出来事をオレは全く知らなかった。
うまく事情を飲み込めず戸惑っていると、ラミアは叩き起こしたときのバカにするような表情とは違い、知らなかったのが意外だとばかりに驚いた。
冷たい眼より地味にくる。
女の子相手だっていうのに思わず機嫌の悪い声が出てしまった。

「邦枝先輩と修行、か……あいつが」

その焔王の家臣、ベヘモット柱師団だかはどんだけ強いんだよ。
めんどくさがりの男鹿が修行なんか始めるとか、しかもいつも何かと巻きこんでくるオレに一言も告げずに行くなんて、今までを考えると信じられないことだった。

「ね、ねえ……あいつだって、あんたがどうでもよくて言わなかったんじゃないと思うわよ?」

ふいにパーカーの裾を引かれて視線を向ければ、ラミアがどこか心配そうな顔で見上げてきた。
難しい顔で押し黙っていたせいで気を遣わせてしまったらしい。
何やってんだオレ、と苦笑いして、その頭にぽんと手を置いた。

「いんだよ、許可なんて別にいらないし。あいつがどうしようと、オレが口出せる話じゃないだろ」

意図してやったのか、単にオレの顔が浮かばないくらい必死なのかはわからないが、結果としてオレを遠ざけたのは正しい判断だ。

守るための戦い。
これまでの不良相手のケンカとは違う。
今までだって人質に取られることはあったけど、不良たちの狙いはあくまでも男鹿だった。
オレはしょせん呼び寄せるエサで、そこまで危険な目に遭うことはなかった。
でも悪魔たちが本気で命を取りに来るならば、そして男鹿が失わないために戦うのであれば、力のないオレはそこにいるべきではない。

引かなきゃなんないとこではちゃんと引く。
ただの腐れ縁のオレたちに、約束なんてあるとすればそれだった。
冷たいのかもしれないし、情けないけど、きっと男鹿はそれで十分だったんだろう。
うんざりするくらいいろいろあっても続いてる関係が、その想像を支える。

「……ぐちゃぐちゃ考えててもしかたないな。オレたちは焔王探そう、とりあえずゲーセン見て回るか」
「そうね、ところで何なのよゲーセンって。本当にいるんでしょうね!」

まだ気遣わしげなラミアの背中を叩き、ふっ切るように笑えば、いつもの調子の軽口にほっとする気配がにじむ。
ベル坊が危険にさらされ、ヒルダさんも大ケガを負って、この子もたぶん不安なはずだった。
ヒルダさんに邦枝先輩、オレよりずっと強いとはいえ女の子たちが怖い痛い思いをして、バカでアホな幼なじみは必死に立ち向かおうとしている。
戦えなくたってすべての事情を知る数少ないひとりとして、オレだってなんかしなきゃ男がすたる。

オレはオレのやり方で、力になりたい。
でもどうやって?
闇の中で拳を振るう男鹿の背中は、はるか遠い気がした。

* * *

「今日皆さんに集まってもらったのは他でもない、とある人物を手分けして捜し出す為です」

休日のファミレスはのどかで、柄の悪いオレ達のテーブルは明らかに浮いていた。
囲まれてボコられたらひとたまりもないそうそうたるメンツ、揃ってしらっとした表情が怖いが、ここは度胸の見せどころだった。
焔王を探すなら人数は多い方がいい。
オレとラミアで歩き回るのではらちがあかない。

「古市……てめーぶっ殺されてーのか? 勝負の邪魔してまでオレ達をこんな所に連れてきた、それが理由か?」
「同感だね、古市君あんまり調子にのっちゃダメだよー? 君それオレ達をアゴで使おうってわけ?」

冷たい声に思わずぐっと詰まる。
姫川、夏目あたりの比較的頭の回る連中は、そう簡単には協力してくれないらしい。
でもだからこそ力を借りたかった。
情報通の姫川、このあたりで顔のきく神崎の一味、人手のあるレッドテイル。
このあたりが揃えば結構強い気がする。

「もちろん皆さんに無関係ではありません。というかこれは、石矢魔の沽券に関わる問題です」

横でラミアがぎょっとしているが、知ったこっちゃない。
ハッタリで言うこと聞いてくれんなら、いくらでも言ってやる。
後でどういうことだって詰め寄られても、そのときはまあ、男鹿に頼もう。
今はそんなこと気にしていられなかった。

「先日、男鹿と邦枝先輩が何者かによって襲撃を受けました」

ラミアから聞いたことを、順を追って説明していく。
都合の悪いことはぼかして、でもできるだけ深刻に、そしてこいつらのプライドを刺激するような言い方で。
どうでもよさそうに聞いていた顔色が、案の定変わっていく。

「もしかしてそいつら……妙なコートの制服を着た奴らか? だったらオレもやり合ったぜ」
「マジパネェっすよ! あの東条先輩もボッコボコにやられてましたから!」
「確かに東条の野郎ボロボロだったな……」
「どこの学校よ?」
「なんにしてもナメられっぱなしってわけにもいかねーな……」

思わぬ展開に内心眼を見張る。
どうやらこないだの一件は、状況を理解していないなりにこの人たちとところどころ繋がっていたらしい。
制服とか学校とか、あくまでも他校のヤンキーだと思ってるあたりちょっと引っかかるけど、もう一押しだ。
ここは乗っかってしまおう。

「えぇ……その名も……悪魔野学園……!」

オレの中での一番のキメ顔で言い放てば、ぎゃあぎゃあ騒いでいた連中は一気に静まりかえった。
あれ、これもしかして外した? さすがになかった? ラミアもねーよって顔してるし。

「悪魔野……学園……」
「なんて悪そうな名前の学校だ……!」
「あぁっ! オレ達がぶっ潰してやんぜ!」

悪いのはあんたたちの頭です。見事に引っかかってくれた。
不良たちの単純さに感謝する……けど、ちょっと待て。

「え、あの……ぶっ潰すんすか?」

オレが頼もうとしていたのは手分けして焔王を探すことだけで、一緒に戦ってくれなんて一言も言ってない。
男鹿も邦枝先輩も東条もやられたっつってんのに、なんでこのメンバーがそこまでやろうとすんだよ。

「あぁ? お前が言い出したんだろーが」
「当たり前だろ、んなナメられて黙ってられっかよ」
「葵姐さんが修行してんのに、あたしたちがぐずぐずしてるわけにいかないでしょ」

あぜんとするオレに構わず、まずその緑色のガキを探すとこからだなとか、ゲーム好きならこのへんのゲーセンしらみつぶしだとか、腕まくりする勢いで張り切っている。

はっと思わずもれたため息は、笑いまじりだった。
単純だなとかバカだなとか、そういうのはもちろんだけど、めちゃめちゃあったかくて、なぜか頼もしかった。

一度は戦い、そして負けた相手でも、この人たちにとって男鹿は同じ学校の仲間なんだ。
いくら自分たちじゃ歯が立たなそうな敵でも、仲間がナメられんのは自分がナメられんのと一緒なんだ。

男鹿が独りで背負う戦い。
一年足らずの付き合いの奴らがこんなに自分のことみたいに考えてくれんのに、腐れ縁のオレが遠い気がするなんて勝手に距離作ってどうすんだよ。

「皆さん、ご協力ありがとうございます!」
「別にお前のためじゃねーし」
「あんたのためにやってんじゃないわよ」
「あんまり調子乗らないように」

うーん、そういうところで団結力発揮すんのやめてほしい。
おのおのドリンクバーの飲み物を飲み干し、立ち上がった。

(オレはオレのやり方で、お前を思ってるよ)

運命の闇がお前を呼ぶ。
どう考えてもヒーローの柄じゃなくたって、その戦いはお前独りで行かなきゃなんない。
東条や邦枝先輩、ヒルダさんくらい強かったら隣に並べるのかもしれないけど、力のないオレや、この人たちはきっとついて行けない。
でも。

(……心は独りにさせない)

ハリウッド映画の主人公みたいな勇敢で孤独な最後、なんてかっこつけさせてやらないんだ。
オレ達は力はなくとも引っこんでなんかやらない。
ずうずうしくがやがやと、いつまでもお前と一緒に戦ってるつもりでいてやる。

違うところで、別の道を歩く。
でもそれで近づけるって信じてんだ。

男鹿、お前は独りじゃないよ。