心は独りにさせない(神崎&夏目)

※ベヘモット襲来~スーパーミルクタイムあたりの本誌の流れを受けて
※神崎視点、夏目と

「オイなんかあのへんボコボコしてんぞ」
「あージェットバスね、肩とか腰にあてると効くらしいよ。神崎君やってみれば?」
「おー……つーか熱ちっ! コレ熱すぎだろ」
「ふっ、軟弱な」
「あぁ? 上等だゴラ」

がれきや土ぼこりで髪から服から泥まみれになっちまったから、風呂に入りてえけど家着いたら即行寝ちまう気する。

姫川んちでのゲーム漬けの日々がとんでもねえかたちで幕を下ろした帰り道、そうこぼすと夏目はいい案がある、と笑った。
誘われるままについて行った先は、銭湯。
サウナやマッサージコーナー、仮眠ブースなんか揃った大きめのこういうところは、正確にはスーパー銭湯っつーらしい。

「……お前こーいうとこよく来んの」

夏目はばさばさになっちまった髪をざっと洗い流し、タオルでざっくりとまとめ上げて湯船につかっている。
その手つきは慣れたもんで、明らかに初めてじゃなかった。
しかしその姿はどっちかっつーとリゾートスパなんかの方がしっくり来る無駄な優雅さだ。
タイルにでかでかと富士山が描かれた、スーパーなんて冠してみたとこでごくごく庶民的な銭湯では笑えるほど浮いて見える。

「うん、たまにね。広いお風呂気持ちいいじゃん。神崎君は初めてなんだ?」
「家じゃ来ねえかんな、外の風呂ってほとんど入ったことねえ」
「え、家族でも来たことないの。お風呂壊れたことない? そういうときどうしてんの」
「……お前オレんち何だと思ってんだよ」

二の腕を軽く叩いて示せばあー、と納得される。
オレはまだ入れてねえが、ゆくゆくは跡継ぎ、腕だの背中だのに模様が踊ってこういうとこ断られる日も遠くねえんだろう。
正直ピアスですら内心涙目だったからめちゃめちゃ怖えーんだけどな。
まあ絶対入れなくなる前にこうして来れたのは悪くねえんじゃねえか。

「そっか、でも結構いいもんでしょ? ゲームしてただけだけどやっぱ疲れたもんねー」
「……まあな」

お疲れさまー、なんてオレをねぎらって笑うけど、本当はこいつだってかなり負担かかってたの知ってる。
すごい寝不足、と眉間をもむ指の隙間から力ない素の眼が覗いていた。

男鹿や東条が抜けてしまえば、さっきまでゲームしてた面子の中では、忘れそうになるがこいつが一番強いのだ。
いつもの不良相手のケンカなら、自分が勝つことに重きを置かない夏目はオレや姫川あたりに譲っただろう。
けど今回は空気が違うこと、状況をいまいち把握できてないオレ達だってわかった。
古市や連れの女のガキ、ろくに戦えない奴らだっている。
外に買い出し行くときも率先して付き合って、いざとなったらからだ張って守れるよう、珍しく気張ってんの感じてた。

いちいちそんなことを挙げてよくやったなんて言ったとこで、こいつは本意じゃねえだろうしオレも柄じゃない。
だから、やんねえけど。

「……疲れてんのはお互い様だろうが。オラ、お前もジェットバスだかあたりやがれ」
「え、いい。なんかボコボコ落ち着かなくない? それにそんな近くであたってたら痛いし」
「あぁ!? てめえがオレにやってみろっつったんじゃねえか!」
「あはは、ごめんそこまで考えてなかった」
「……ったく」
「ふふ、でもゆるんだらどっと来るね、慣れない緊張続いたから」
「てめーはいっつもゆるみすぎなんだよ」
「言えてるー」

けどまあ、ゆるめるときにゆるんどくべきなんだろう。
せっかく追い詰めたと思った緑色のガキも、男鹿が戦っていたコートの連中も、トドメを刺す前に逃げ帰ってしまった。
たぶん似たようなことはこれからも続く。
関節のあちこちに溜まった疲れを揉みほぐし、湯の中に逃がした。

「……あっ」
「あんだよ、どーした」
「やばい城ちゃん置いてきた。ずっと寝てたんだよね、下敷きってことないよね?」
「あー……さすがにあいつもんな鈍くさかねえだろ、たぶん。それに置いてきたっつっても、帰り遅くなったって姫川はいんだろ」
「でも姫ちゃんち粉々だよ?」
「……」

夏の石矢魔校舎といい、なんか最近では建物ぶっ壊れんの慣れきってたけど、一応あのビル姫川の家だったんだよな。
かける言葉もその気力もなくて放って帰って来ちまったが、姫川だってことを差し引いてもさすがに気の毒だ。
オレんち破壊されたらめちゃくちゃキレるわ。

「悪魔野学園……爆弾しかけるなんてな……」
「きっと田舎の学校なんだよね。高層ビルがうらやましかったんだよ」
「……」
「……」
「……ねーよ」
「あは、さすがにね」

お互い白々しすぎて苦笑いがもれた。
古市はオレらが完全にだまされてると思ってんだろう。
けど今日の一連の流れ見てれば、いくら頭より力のヤンキーだって、調子に乗った修学旅行生の仕業、なんてのん気なもんじゃねえってくらいわかる。

かといってそれ以上のことがわかるわけじゃねえ。
ここまで巻き込んでんだからなんで説明しねーんだよ、とは思う。
でも隠すってほど隠しきれてないところを見ると、言えない事情っていうより単にオレ達なんか頭にない、戦力に数えてない、きっとそれだけで。
男鹿も古市も、オレ達なんか眼もくれず、とんでもねえ戦いに向かって突っ走っていく。

「男鹿ちゃん、大丈夫かな。最後ぶっ倒れてたけど」
「……さあな」

がれきに引っかかるようにして気を失っていた姿を思い出す。
オレ達はぴんぴんして風呂なんか入ってるけど、あいつは眼を覚ましただろうか。

「ったく、あいつが気絶するってどんだけだよ」
「悪魔野学園恐るべしだね」
「そのネタはもういんだよ、だってあいつ……」
「……どうしたの?」

途中で言葉を止めたオレに、夏目が怪訝そうな眼を向ける。
だってあいつ、オレや姫川簡単にぶっ飛ばして、東条にだって勝ったくらい強えーんだぞ。
そう言おうとした、けど言えなかった。

東条はともかく、もうあいつの強さはオレや姫川なんかを引き合いに出して語っていい次元じゃねえのかもしんねえって思ったから。

「あいつら、どんだけ強いんだろうね。男鹿ちゃんは神崎君も姫ちゃんも東条も倒した、石矢魔のルーキーなのにさ」

口ごもるオレから視線を外した夏目は、淡々と言葉をつむいだ。
オレが言いたかったことを、オレが言えなかったことを。
なんで、と思わず首を向けると、にっこりとほほ笑まれる。

「それでいいんだと思うよ。男鹿ちゃん達が何と戦ってんのかわかんないけど、男鹿ちゃんはあくまでもオレ達の男鹿ちゃんでしょう」

オレがそれなりに本気で目指していた石矢魔のてっぺん。
それをものすごいスピードでかっさらってった男鹿は、そんなの始まりでしかなかったとでもいうようにどんどん加速して、深い闇、底知れない戦いに独りで向かっていく。

その姿になんなんでしょーね、なんて肩をすくめる古市だって、オレらから見りゃ同じだ。
よくわかんねー事情を知ってあいつなりのやり方で、振り落とされそうになりながらも後を追っている。

その遠ざかっていく背中に、途方に暮れる。
てっぺんに立ちたい、強くなりたいという願いの根っこには、誰かを守ったり悪を挫いたりへの憧れが少なからずあった。
でもいつの間にか蚊帳の外。
男鹿や東条のような真ん中に行ける奴らにあってオレにはないヒーローの条件は、ひとつ、ふたつと数えていったところでわからないほどに遠い世界だ。
けど。

「……だな。ほんとあいつは、生意気だし、手のかかる後輩だぜ」

こないだの夜道で、東条と出馬がやられているところに割って入ったときも、今日悪魔野学園(仮)の奴を引き倒して姫川とふたりでハッタリかましたときも、正直脚が震えそうなくらいびびってた。
パー子はハイエナとかぬかしやがったが、ハイエナだったらもっとうまくやるし、状況選ぶだろ。
ピアスや彫り物入れんのが怖いってのは、つまり痛い思いすんのが決まってっから怖いんだ。
こんな勝算薄いケンカ、まともに考えたらごめんだった。

でもそんな臆病を飛び越えて、衝動的に前に進み出ていた。
知った顔がずたずたにされて、黙っていられない。
こいつらを倒していいのはオレだけだ、オレもまだ倒してないんだ。
事情を知る古市や出馬、静御前が呆れた眼を向けても知ったこっちゃない。
敵がなんだこのザコってなめた顔隠さなくても、構わない。
どんなに引き離されても、向こう見ずの調子乗りでいればそこにいても許されるんなら、震える脚を踏みしめる。

ひっでえ強がり、でも、決めたんだ。

「あいつには、こんなしょーもねえケンカさっさと終わらせてリベンジ挑まねえと気が済まねえ」
「ははは、どっちがしょーもないんだか」
「あぁ!? 何か言ったか!?」

ふり返らず猛スピードで闇に突っ込んでいく男鹿達の背中。
それを、追いかける。オレなりのスピードで。

一番最後、男鹿の行く戦いには追いつけないかもしれねえ。
息切らしてようやくオレが着いたころにはもう終わってんのかもしんねえ。
その戦いの意味も、終わったときに男鹿達がどんな顔してんのかもちっともわからねえ。

でも追いついてやんだよ、そんで再戦だ。
お前がどんな戦いをしようと、それがどんなに辛かろうと、独りじゃねえんだぞって。

『男鹿ちゃん達が何と戦ってんのかわかんないけど、男鹿ちゃんはあくまでもオレ達の男鹿ちゃんでしょう』

夏目はそう言って笑った。
オレだってそう思う。
とんでもねえ戦いに独り立ち向かうとかかっこつけたとこで、お前は石矢魔の不良で、今んとこ一番強くて、でもオレはまだお前に勝つことあきらめてなくて。
何しようと何を見ようと何に打ちひしがれようと、戻ってオレや姫川や東条と、またてっぺん争いすんだ。

石矢魔東邦神姫が首長くして待ってる。
とっとと片づけて戻ってこねえと、卒業しちまうだろうが。
隣には立てなくても、この場所から想う。

「神崎君、せいぜいオレらは、男鹿ちゃん達を独りにしないように頑張ろっか」
「……お前もそういうこと言うのな」
「何それ、オレにだってそれなりに男気というものがあるんだよー」
「知ってる」
「……!」
「あんでそこで照れんだよ」
「自分で言うのは別にいいけど言われるのは嫌だ!」

手は出さなくとも、見守り続けるまなざしが力をくれるってこと、たぶんオレが一番よく知ってる。
卒業して背負う看板をからだに刻みこむ前に、どうか男鹿も古市も他の奴らも誘って、露天風呂の猿みてえに並んでここにつかりたいもんだ。

そんときはきっと、お疲れさん、で笑えるはずだ。